2012年07月15日

美しすぎるカシミール地方の伝統衣装の少女がチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世をお出迎え


写真はカシミール地方の伝統衣装を着た児童

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世が14日、インド・カシミール(Kashmir)地方スリナガル(Srinagar)のチベット人コミュニティーを訪れ、カシミール地方の伝統衣装を着たチベット人学校の児童たちの出迎えを受けた。同地域はイスラム教徒が住民の大半を占めている。



★カシミール(英語:Kashmir、ウルドゥー語:کشمیر、ヒンディー語:कश्मीर、カシュミール)とは、インド、パキスタン、中国の国境付近に広がる、山岳地方の名称である。標高8000m級のカラコルム山脈があり、中国との国境には世界第2の高峰K2がそびえる。

カシミールの東側半分以上を占めるヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に挟まれた一帯、ラダック(およびザンスカール)地方とバルティスターン地方は、元々チベット系のラダック王国(英語版)であったが、1834年にカシミール王国に併合された歴史を持つ。後述のカシミール問題を抱える地域であり、パキスタンの実効支配地域はギルギット・バルティスタン州及びアザド・カシミールと呼ばれており、かつてジャンムー・カシミール藩王国(英語版)(1846年 - 1947年)があった地域はインドの実効支配地域・ジャンムー・カシミール州となっている。また、ラダック地方の東半にあたるアクサイチンは中華人民共和国に実効支配されている。最大の都市はスリナガル(シュリナガル)で、インドのジャンムー・カシミール州の州都となっている。

高級織物のカシミア(カシミヤ)の語源で、カシミアはこの地域原産のカシミアヤギの毛から作られる。

カシミール人(英語版)の言語はインド語派カシミール語などの諸語で、ラダックではチベット語西部方言に属するラダック語(英語版)、バルティスターンではラダック語(英語版)のバルティ方言(英語版)が話される。

住人の宗教はイスラム教が支配的であるが、この地域のイスラム教は、スーフィズムやヒンドゥーの影響を受けた非常に独特のものである。この世の全てのものが絶対神(アッラー)の化身であると考え、多神教との折衷的な汎神論的世界観を保有している。この世界観に基づき預言者を通じずに神との交信が可能であると考えられており、独特の神秘的儀式が多数存在している。

ヒンドゥー教徒とイスラムが対立するカシミール問題の中では看過されがちであるが、チベット圏に属するラダック地方ではチベット仏教が信仰され、現在では最もよくチベット仏教の伝統を保存する重要な信仰拠点の1つとなっている。またバルティスターンは、チベット系民族でありながらイスラム教を信仰する特徴的な地域である。

19世紀になると、1841年にはチベットとドグラ(英語版)(カシミール)の間でドグラ戦争(英語版)が起きた。その際に捕虜となったカシミール兵士の末裔数千人が、ラサなど中央チベットに居住している。カチェ(チベット語でカシミール人)と呼ばれ、イスラム教の信仰を保っているが、言語や大部分の習俗はチベット人に同化している。これがひいてはチベットでイスラム教徒の移民を漠然とカチェと呼ぶようになり、青海省・甘粛省方面から移住してきた回族もギャナ・カチェ(直訳すれば「中国のカシミール人」の意)と呼ばれる。1846年、ソブラーオンの戦い(英語版)でイギリスがシク教国を破り、ラホール条約(英語版)を締結した。この条約をもって、カシミールのイギリス植民地統治が始まった。

カシミール問題

イギリス植民地統治下のインドでは、国内の様々な地域に大小無数に散在する藩王国をイギリスが間接的に統治していた。 1947年8月、それまでイギリス植民地のイギリス領インド帝国として一つのまとまりだった広大な地域が、植民地独立を契機に、ヒンドゥー教徒が多数派であるが多民族・多宗教の国是(ガンディーの「一民族論」)を掲げるインドと、イスラム教徒は別個の民族と見なすジンナーらの「二民族論」に基づきイスラム教を国教とするパキスタンの2つの国家に大きく分裂した。

このインド・パキスタン分離独立によって、それぞれ藩王国はいずれかの側に帰属することを迫られていた。しかし、カシミール藩王は自身がヒンドゥー教徒、対して住民の80%はムスリム(イスラム教徒)という微妙な立場にあり、独立を考えていた。パキスタンが武力介入してきたことで、カシミール藩王はインドへの帰属を表明し、インド政府に派兵を求めた。これが第一次印パ戦争(印パ戦争)の発端である。以後、第二次印パ戦争、第三次印パ戦争、カルギル紛争まで争っている。

この地域についてはパキスタンとインドが領有を主張し、これまで大小の軍事衝突(カシミール紛争)を繰り返してきた。現在は、ほぼ中間付近に停戦ラインが引かれている。 日本の学校教育用地図帳では、パキスタンから中国へ割譲された地域を除き、中印パ三国の主張するすべての地域を所属未定とし、実効支配線(停戦ライン)のみ描く手法がとられている。

また、カシミール問題と言うときには、インド管理地域内でのムスリムの集団による分離独立運動も指すことがある。

地震による影響

一部で「カシミール地震」とも呼ばれる2005年10月8日のパキスタン地震の後、同地は莫大な労力と巨額の復興費用を必要としている。



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2012年07月12日

プラチナ・ギルド・インターナショナルは12日、「第4回プラチナ・ミューズ アワード」を開催し、本年度のミューズとして女優の木村佳乃を表彰!「本物は永遠、普遍、プラチナ・ジュエリーのように輝き続けたい」



プラチナ・ジュエリーの国際的広報機関であるプラチナ・ギルド・インターナショナル(Platinum Guild International)は12日、「第4回プラチナ・ミューズ アワード」を開催し、本年度のミューズとして女優の木村佳乃(Yoshino Kimura)を表彰した。

 プラチナ・ミューズ アワードは、時を超えてもエレガントでその輝きが変わらないプラチナ・ジュエリーのように、美しさを保ち、女性が憧れる最も輝いているワーキング・ウーマンをこれまで表彰してきた。過去には、女優の米倉涼子(Ryoko Yonekura)や滝川クリステル(Christel Takigawa)、中谷美紀(Miki Nakatani)が受賞。第4回目となる今年は、女優として母として、ますます輝きを増して活躍する木村佳乃が受賞した。「本物は永遠、普遍。このプラチナ・ジュエリーのように輝き続けられるよう、がんばりたい」と語った。
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2012年07月07日

美しすぎるドイツのバレエダンサーピーナ・バウシュ(Pina Bausch)の3回忌にさまざまなイベントが催される。

■「ピナ・バウシュが愛した音楽家 三宅純」■
  会期:2012年6月19日(火)−7月8日(日)
  会場:デルフォニックス渋谷ギャラリー       ※入場無料
     東京都渋谷区宇田川町15-1渋谷PARCO PART B1F
     Tel 03-3477-5949 / Open 10:00-21:00

★ピーナ・バウシュ(Pina Bausch 本名Philippine Bausch,1940年7月27日 - 2009年6月30日)はドイツのバレエダンサー、バレエとコンテンポラリー・ダンスの振付家。


来歴

1940年ドイツのゾーリンゲン生まれ。実家はカフェレストラン。

14歳からエッセンのフォルクヴァンク芸術大学(ドイツ語版)でクルト・ヨース(ドイツ語版)に師事。18歳で首席卒業後、国費交換留学生としてニューヨーク、ジュリアード音楽院舞踊科に入学。アントニー・チューダー(英語版)の勧めによりメトロポリタン・オペラ・バレエ団やニュー・アメリカン・バレエ団などで活動。

1962年に帰国し、フォルクヴァンク舞踊団でソリストとして活躍。振付を開始し、1969年には芸術監督に就任。この年フォルクヴァンク芸術大学(ドイツ語版)の教授にもなっている。同年の作品 『時の風の中で』 がケルンの国際振付家コンクールで1位を獲得した。

1973年、ヴッパタール舞踊団(ドイツ語版)の芸術監督に就任する。

ドイツ表現主義舞踊の権威であるヨースの影響を色濃く受け継ぎながら、演劇的手法を取り入れたピナ独自の舞踊芸術は演劇とダンスの融合とも言われ、彼女自身は「タンツ・シアター(ドイツ語版)」と呼ぶ。

1983年フェデリコ・フェリーニ監督の映画 『そして船は行く』 に出演。 1999年坂本龍一オペラ 『LIFE』 に出演。 2002年にはペドロ・アルモドバル監督作品 『トーク・トゥ・ハー』 の冒頭で代表作である「カフェ・ミュラー」を彼女自身が踊っている。

2009年6月30日、ガンの告知を受けた5日後に68歳で死去した[1]。日本では前年(2008年)4月2日の滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホールで、『フルムーン』を踊ったのが最後の公演であった。

2011年に彼女の死により制作が中断されていたドキュメンタリー映画『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』が公開された。

◆1940年ドイツ・ゾーリンゲン生まれ。14歳からエッセンのフォルクヴァンク芸術大学でクルト・ヨースに師事。18歳で首席卒業後、国費交換留学生としてニューヨーク、ジュリアード音楽院舞踊科に入学。アントニー・チューダーの勧めによりメトロポリタン・オペラ・パレエ団やニュー・アメリカン・バレエ団などで活動。

1962年に帰国し、フォルクヴァンク舞踊団でソリストとして活躍。振付を開始し、1969年には芸術監督に就任。この年フォルクヴァンク芸術大学の教授にもなっている。同年の作品 「時の風の中で」 がケルンの国際振付家コンクールで1位を獲得した。1973年、ヴッパタール舞踊団の芸術監督に就任する。ドイツ表現主義舞踊の権威であるヨースの影響を色濃く受け継ぎながら、演劇的手法を取り入れたピナ独自の舞踊芸術は演劇とダンスの融合とも言われ、彼女自身は「タンツ・テアター」と呼ぶ。

その独創的で高水準な舞台は、数年にして欧米で、やがて世界中で高い名声を獲得。ダンスの相貌と歴史を一挙に塗り変え、80年代にはブームというべき舞踊の時代を招来、カンパニー創立39年を迎えてなおその人気と評価は揺るがない。日本では彼女の初来日公演が「日本におけるモダンダンスの歴史の始まり」とされ、その後20年以上も来日公演を繰り返し、ほぼ毎回1万人以上の動員を記録した。

1983年フェデリコ・フェリーニ監督の映画 「そして船は行く」 に出演。 1999年坂本龍一オペラ 「LIFE」 に出演。 2002年にはペドロ・アルモドバル監督作品 「トーク・トゥ・ハー」 の冒頭で代表作である「カフェ・ミュラー」を彼女自身が踊っている。
2009年6月30日、ガンの告知を受けた5日後に68歳で死去した。日本では前年(2008年)4月2日の滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホールで、「フルムーン」を踊ったのが最後の公演であった。

ピナ・バウシュ ブッパタール舞踊団 公式サイト http://www.pina-bausch.de/


作品
2009年「春の祭典」のカーテンコール 『春の祭典』(1975年)
『七つの大罪』(1976年)
『カフェ・ミュラー(フランス語版)』(1978年)
『カーネーション(フランス語版)』(1982年)
『ヴィクトール』(1986年)
『パレルモ、パレルモ(フランス語版)』(1989年)

受賞歴
1999年高松宮殿下記念世界文化賞
2006年ローレンス・オリヴィエ賞
2007年京都賞
2008年ゲーテ賞(独)

文献
Finkel, Anita, "Pina Bausch", International Encyclopedia of Dance, vol.1, p.391, ISBN 0-19-517585-9
ピナ・バウシュ 過去の歴史 乗越たかお
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2012年07月06日

モデル知花くらら銀座のジュエリー店「ヴァンクリーフ&アーペル」で行われた「Lucky Day記念イベント」に全身に13個、総額1512万7350円のジュエリーを身に着けて登場

モデルの知花くらら(30)が6日、東京・中央区銀座のジュエリー店「ヴァンクリーフ&アーペル」で行われた「Lucky Day記念イベント」で、トークショーを行った。

あす7日が同社の「ラッキーデイ」で、31日まで記念商品の販売などを行う。知花は指輪や腕時計など総額1500万円以上のジュエリーを身につけて登場。

普段から同社のジュエリーが好きだと言い、「デザインはシンプルなのに、華やかさや女性らしさ、ゴージャスさがあって素敵」と称賛した。

七夕の願い事を聞かれると、「全く考えていませんでした!」とすっかり忘れていた様子。「3月で30歳になったので、もっと充実すればいいな」と願った。

09年に歌舞伎俳優の尾上菊之助(34)との交際報道があったが、「30歳で結婚は?」と声かけされると、表情をこわばらせ「頑張ります」と一言。「あの方とはどうなりました?」の質問には、不愉快そうな表情で「どなたでしたっけ?」とあしらった。

◆知花くららジュエリー13個1512万7350円
ヴァン クーリフ&アーペル銀座本店でトークショーを開いた知花くらら

 モデル知花くらら(30)が6日、都内で行われたジュエリーブランド「ヴァン クーリフ&アーペル」のイベントでトークショーを開いた。知花は全身に13個、総額1512万7350円のジュエリーを身に着けて登場。「海外のお友だちから、幸運は指から舞い込んでくると教えてもらい、お気に入りのジュエリーを毎日着けたり、意識しています」と開運の秘訣(ひけつ)を明かした。

★ちばな くらら 知花 くらら
プロフィール
生年月日1982年3月27日
現年齢 30歳
出身地 日本・沖縄県
血液型A型
公称サイズ(2006年時点)
身長 / 体重 173 cm / ― kg
スリーサイズ
バスト90cm - ウエスト60cm - ヒップ90 cm


デビュー

2006年
他の活動

2006年ミス・ユニバース・ジャパン。

ミス・ユニバース2006 世界大会第2位。

WFPオフィシャルサポーター。

テレビ番組のリポーター。

映画主演。
略歴
2000年3月 - 沖縄県立開邦高等学校卒業。

2001年4月 - 上智大学文学部教育学科入学。

2006年3月 - 同大学を卒業。

2006年4月25日 - 「ミス・ユニバース・ジャパンレジスタードマーク」に選出される。

2006年7月 - 「ミス・ユニバース2006世界大会(第55回大会)」総合第2位。

2007年 - WFP(国際連合世界食糧計画)オフィシャルサポーターに就任。

2008年1月 - 小学館ファッション雑誌『Domani』表紙専属モデルに就任。

2009年4月 - 栄養学を学ぶため都内の女子短期大学に入学。

2010年1月 - 所属事務所をIBG Japanからテンカラットへ移籍。

親善大使、サポーター、イメージキャラクターなど
2007年1月 - WFP(国際世界食糧計画): WFPオフィシャルサポーター
2007年4月 - トランスコスモス: 契約社員&派遣社員向けの仕事情報サイト「Work it!」イメージキャラクター
2008年3月 - 成田空港: 30周年記念イメージキャラクター
2008年4月 - 地球サポーター: イメージキャラクター
2009年1月 - レクサス: レクサス大使
2010年4月 - フランス観光開発機構: 2010年度フランス広報大使
2010年6月 - 免税店チェーンDFS: 特別大使

出演
CM
TBCグループ(2006年)
花王「アジエンス」(2007年)、「ロリエ エフ」 (2008年 - 2011年)
メイベリン ニューヨーク「エンジェルフィット」(2007年2月 - )
コナミスポーツクラブ「コラーゲン クリスタルオッティモ」(2008年2月 - )
成田国際空港開港30周年記念事業 「テイクオフへのリレー」篇(2008年)
ユニクロ(2008年10月 - )
トヨタ「レクサス」(2008年)
ニベア花王「8×4」(2009年)
ハーゲンダッツ(2009年)
カネカ(2011年 - )
カネボウ「ブランシールスペリア」(2012年 - )

テレビ
現在放送中 日立 世界・ふしぎ発見!(2007年4月14日 -、TBS) - ゲスト・準レギュラー解答者・ミステリーハンター(2009年12月12日放送)
知花くららの地球サポーター(2008年4月4日 -、テレビ東京)
グローバル・ビジョン(2008年10月12日 - TwellV) - 番組ナビゲーター
朝だ!生です旅サラダ「ドイツ旅編」(2010年10月9日 - 、朝日放送)- マンスリーゲスト(リポーター)

過去の出演番組 NEWS ZERO(2006年10月 - 2007年9月、日本テレビ系)
ネプリーグ(2006年9月4日、フジテレビ) - ゲスト
地球!ジオグラTV(2007年10月 - 2008年2月、TBS系)
グータンヌーボ(2006年11月29日、フジテレビ) - ゲスト
徹子の部屋(2007年2月9日、テレビ朝日) - ゲスト
メレンゲの気持ち(2007年3月10日、日本テレビ系) - ゲスト
美味いは京都?料理人たちの挑戦?(2008年10月5日、よみうりテレビ) - 番組ナビゲーター
easy sports(2008年11月3日、11月5日、11月7日、12月22日-12月24日、テレビ朝日)
課外授業 ようこそ先輩(「沖縄はおいしい?」2009年7月26日、NHK)
生活ほっとモーニング「クイズdeなっとく! 夏だ!北海道まるかじり」(2009年7月27日、NHK) - ゲスト
music trip 〜音楽と楽しむひとり旅〜「沖縄・慶留間島」(2009年8月17日、NHK)
わたし & 紅白歌合戦「知花くらら」(2009年12月28日、NHK)
「2012年12月21日 マヤ暦の真実(前編)マヤ暦とは」(2010年3月23日、BS-TBS)
「2012年12月21日 マヤ暦の真実(後編)マヤ長老のトップ ドン・アレハンドロが語るマヤ暦の真実と祈り」(2010年3月24日、BS-TBS)
テレビでフランス語(2010年3月31日 - 9月23日、2011年9月28日 - 2012年3月28日、NHK教育) - ナビゲーター。生徒役としては珍しく文法解説までしていた。
後者は前期シーズンのリピート放送。 NHK海外ネットワーク(2010年4月3日ほか、NHK)
スタジオパークからこんにちは(2010年4月6日、NHK) - ゲスト
ワンダー×ワンダー(2010年6月26日、NHK) - ゲスト
イキだね!わたしの東京時間(2010年7月9日、NHK *関東地方のみ) - 萬田久子と共にゲスト
特別番組「炎の天才画家ゴッホ〜120年目の真実」(2010年10月17日、TBS)
ジブリの風景〜高畑勲・宮崎駿監督の出発点に出会う旅〜(2011年8月6日、BS日テレ)

映画
白昼夢 - 主役の「凛」役で出演(ショートフィルム)。

イベント
ニコン D3 & D300 発表会(2007年8月23日)
コナミスポーツクラブ「コラーゲン クリスタルオッティモ」発表会(2008年1月31日)
ノキア FOMA NM705i 発表会(2008年2月6日)
ユニクロ ヒートテック発表会(2008年11月7日)
メイベリン ニューヨーク ピュアミネラル リキッド 8週間ミネラルマラソンキャンペーン発足記念発表会 (2009年1月23日,27日)
トヨタ レクサスHS,RX 報道発表会(2008年12月 - )

ウェブサイト
トヨタ・クラウン - スペシャルナビゲーター
大人の女性のためのトラベル・ウェブ・マガジン『旅色Luxury Stays』(2009年)

エピソード
大学在学中に、フランス映画への興味から9ヶ月間のフランス留学歴あり。また、フランス留学中にフラメンコを学びに3ヶ月間スペインに滞在していた経験がある。

ミス・ユニバース世界大会(第55回大会)は2006年7月に3週間にわたりアメリカ・ロサンゼルスで開催された。7月18日のナショナルコスチューム(民族衣装)審査では、戦国武将の甲冑をアレンジした衣装を披露。
2006年ミス・ユニバース世界大会のトップ5だけが参加できる「クエスチョン&アンサー」の際には、自ら司会者のマイクを受け取り、スペイン語と英語でアピールした。

2007年よりWFP(国際連合世界食糧計画)のオフィシャルサポーターとしてアフリカ、アジア各地への訪問の機会が増えている。

2009年7月26日放映のNHK『課外授業 ようこそ先輩』では、沖縄県那覇市立真嘉比小学校にて知花くららが講師を勤め、「食」をテーマに下記の実習および講義を行った。
【1限目】導入:
教室を舞台(ランウェイ)に見立ててファッションショーを行い、生徒たちに自由に表現する場を与えた。
【2限目】講義「世界の食糧事情」:
WFP(国際連合世界食糧計画)の活動を紹介した。また戦時中の日本の事情についても触れた。
【3限目】実習「フィールドワーク」:
那覇市の街頭で戦争体験者に当時の生活の様子をインタビューした。
【宿題】実習「食糧危機」:
その日の夕食と翌朝の朝食の内容を芋1本のみに限定し、食糧危機状態を擬似体験させた。また当日は知花くらら自身もこの課題を実践した。
【4限目】調理実習:
沖縄料理の「ゴーヤチャンプルー」を作り、食べた。

2009年12月28日放映のNHK『わたし & 紅白歌合戦「知花くらら」』にて、「思い出に残る歌」として以下の2曲を紹介した。 坂本冬美『夜桜お七』(第47回NHK紅白歌合戦、1996年)。
DREAMS COME TRUE『LOVE LOVE LOVE』(第57回NHK紅白歌合戦 、2006年)。

家族構成は両親と弟。ガレッジセールのゴリとははとこ(それぞれの父親がいとこ同士)であり、また、りんけんバンドの照屋林賢は叔従父、照屋林助は大叔父にあたる。しかしゴリは「メレンゲの気持ち」(2007年3月10日放送)で本人に言われるまで全く知らなかったという。

知花くらら公式サイト
テンカラット
今月の知花くらら | 小学館「Web Domani」
ミスユニバース公式サイト
ミスユニバースジャパン公式サイト
知花くらら「沖縄はおいしい!?」| NHK『課外授業 ようこそ先輩』

歴代ミス・ユニバース・ジャパン
小島日女子(1952年)・ 伊東絹子(1953年)・ 近藤美恵子(1954年)・ 高橋敬緯子(1955年)・ 馬場祥江(1956年)・ 大谷享子(1957年)・ 森武知子(1958年)・ 児島明子(1959年)・ 古野弥生(1960年)・ 安藤矩子(1963年)・ 池野温美(1966年)・ 藤川香代子(1967年)・ 飯野矢住代(1968年)・ 大須賀喜久代(1969年)・ 島田純(1970年)・ 前田晴美(1972年)・ 染谷美代子(1973年)・ 岩国美弥子(1976年)・ 萬田久子(1978年)・ 黒田百合香(1979年)・ 檜山久恵(1980年)・ 織作峰子(1981年)・ 奥脇絵里(1982年)・ 山口遊子(1983年)・ 古沢初美(1985年)・ 江崎普子(1986年)・ 難波央江(1987年)・ 坂口美津穂(1988年)・ 田代絵里(1989年)・ 三好浩子(1990年)・ 山本亜津子(1991年)・ 安藤あき子(1992年)・ 志岐幸子(1993年)・ 川人千明(1994年)・ 奥村ナナ(1998年)・ 小川里美(1999年)・ 遠藤真由(2000年)・ 荒内美沙緒(2001年)・ 千葉美苗(2002年)・ 宮崎京(2003年)・ 町本絵里(2004年)・ 葛谷由香里(2005年)・ 知花くらら(2006年)・ 森理世(2007年)・ 美馬寛子(2008年)・ 宮坂絵美里(2009年)・ 板井麻衣子(2010年)・ 神山まりあ(2011年)・ 原綾子(2012年)


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2012年07月05日

元コールガールのザヒア(Zahia)が2日、パリ(Paris)で自らのランジェリーブランドの12/13年秋冬コレクションを発表


写真はショーの最後に登場したザヒア
★ザヒア(Zahia)1992年2/25日Ghriss (Algérie)生まれ
国籍はフランス

2009年にフランスのサッカー選手と関係をもったとして話題になった元コールガールのザヒア(Zahia)が2日、パリ(Paris)で自らのランジェリーブランドの12/13年秋冬コレクションを発表した。





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