2012年06月10日

マリア・シャラポワ(Maria Sharapova25=ロシア)が、史上10人目の生涯4大大会全制覇の快挙を達成!サラ・エラニ(25)に6−3、6−2のストレートで勝ち、全仏初優勝


◆シャラポワ10人目4大全制覇/全仏テニス

 11日に発表予定の最新世界ランクで世界1位返り咲きが決まっているマリア・シャラポワ(Maria Sharapova25=ロシア)が、史上10人目の生涯4大大会全制覇の快挙を達成した。4大大会初優勝を狙った同23位のサラ・エラニ(25)に6−3、6−2のストレートで勝ち、全仏初優勝。04年ウィンブルドン、06年全米、08年全豪と合わせて、すべての4大大会を制し優勝に花を添えた。



 シャラポワこん身のバックハンドが、エラニのミスを誘った。3度目のマッチポイントが決まると、シャラポワは膝から赤土の上に崩れ落ちた。04年ウィンブルドンで4大大会初優勝してから8年で全制覇。「4大大会はいくつ勝っても特別」。肩が震え、美しい顔を両手で覆った。

 強かった。テニスは高いレベルで安定し、メンタルは崩れる気配も見せなかった。エラニともども、ショットを放つたびに雄たけびがセンターコートに響き渡る。上位シードをなぎ倒し、闘志むき出しで向かってくるエラニに1歩も引くことなく、受け止めた。

 第1セットのスタートから一気に4−0とリード。早々と主導権を握った。粘るエラニの高く弾むスピンボールを、たたきつけるようなストロークで返球。安定感を増した攻撃テニスで第1セットをわずか36分で先取。第2セットも、そのスタイルを突き通し、そのままエラニを突き放した。

 05年8月には初の世界1位に輝いた。しかし右肩の故障で08年8月から09年5月まで戦線離脱。08年10月に右肩の手術をし、09年5月には同126位にまで転落した。復帰しても、以前のシャラポワに戻るには、時間がかかった。サーブに苦しみ、1試合で20本以上のダブルフォールトを犯すこともあった。

 表彰式で、3度の全仏優勝を誇るセレシュさんから、銀の優勝カップを受け取った。「ここまでは本当に長かった」。容姿だけではない。不屈の精神力ではい上がり手にした4大大会全制覇。優勝カップを高々と掲げた顔は、最高の輝きを放っていた。


 ◆マリア・シャラポワ 1987年4月19日生まれ。9歳でロシアから米国に渡り、10代から注目を浴びた。04年ウィンブルドン選手権を17歳で初優勝し、05年に世界ランキング1位。188センチ、59キロ。


 ◆4大大会全制覇 同年内に4大大会を連続ですべて制した年間4大大会全制覇は、過去、コノリー(米)、コート(豪)、グラフ(ドイツ)のわずか3人しかいない。年を問わず、生涯ですべて制する全制覇は、この3人に、この日のシャラポワやナブラチロワ(米)ら7人が加わる。シャラポワは、S・ウィリアムズ(米)が03年全豪で達成して以来の生涯4大大会全制覇となった。

◆全仏オープンテニス2012(French Open 2012)は9日、女子シングルス決勝が行われ、大会第2シードのマリア・シャラポワ(Maria Sharapova、ロシア)は6-3、6-2で大会第21シードのサラ・エラーニ(Sara Errani、イタリア)に勝利し、史上10人目となる生涯グランドスラムを達成した。

 2004年にウィンブルドン選手権(The Championships Wimbledon)、2006年に全豪オープンテニス(Australian Open Tennis Tournament 2006)と全米オープン(The US Open Tennis Championships 2006)を制しているシャラポワは初の全仏制覇を飾り、選手生活を脅かすほどの肩のけがを負って以来初となる四大大会での優勝を手にした。

 シャラポワが主導権を握った試合は、2001年大会の決勝で米国のジェニファー・カプリアティ(Jennifer Capriati、米国)がキム・クライシュテルス(Kim Clijsters、ベルギー)をフルセットで下して優勝して以来続いている2セットでの決着となった。

 身長188センチのシャラポワと164センチのエラーニの初顔合わせとなった対戦は全く対照的なものとなった。

 今大会の直前にクレイコートの3大会で優勝を飾ったばかりでシャラポワより10日だけ若いエラーニに対し、3度の四大大会制覇を誇り世界ランク1位に返り咲いたばかりだったシャラポワはその経験で勝った。



◆マリア・シャラポワが初優勝し史上10人目となる4大大会制覇/全仏オープン

パリのローランギャロスで開催中の全仏オープンは、現地時間9日に女子決勝が行われ、第2シードのマリア・シャラポワが、第21シードのサラ・エラニを6-3、6-2で破り優勝。全仏初優勝を果たすと共に、4大大会全てを制する“キャリア・グランドスラム”を成し遂げた。女子選手でキャリア・グランドスラムを達成したのは、史上10人目。1968年のオープン化以降では、6人目となる。

試合開始から、1時間29分。

エラニが放ったドロップショットがネットに掛かると、シャラポワは両ひざを地面に突き、両手で顔を覆うと地面に伏せて、その姿勢のまま、数秒間動かなかった。そうして内に閉じ込め噛み締めた喜びを開放するように、両手を広げ天を仰ぎ見る。その先にあるパリの空は、まるで勝者を見届けるまで我慢していたかのように、見る見る曇に覆われ雨を落とした。

「17歳でウィンブルドンに勝ったとき、これが人生で最高の瞬間だと思った。でも今日、地面に膝をついた時に、それ以上だと感じた」

これまで決勝に進むことすら出来ず、「勝てないのでは」と思っていたフランスでのタイトル。それを手にした歓喜のときは、4大タイトルのコレクションに唯一欠けたピースを埋めた瞬間でもあった。

4年前のケガにより、100位圏外まで落ちたランクング。「赤土での私は、氷の上の牛」と言うまでに苦手としたクレーコート。それらの状況を考えたとき、この優勝は奇跡のようにも思われる。だが、悲願を果たすため彼女が辿った足跡は、改善と研鑽を積み重ねた、緻密な勝利へのプロセスであった。
  
クレーで戦うためシャラポワが真っ先に強化したのが、フィジカルだった。滑る足元にも崩れぬバランス感覚。長いラリーになっても途切れぬ体力と、直ぐに次のポイントに備えられる回復力。それらがあったからこそ、自信を持って動けていたとシャラポワは言う。この日の試合でも、エラニのドロップショットに追いつき、自分のポイントにする場面が何度も見られた。

さらには、サーブ。何度もフォーム変更を繰り返したサーブは、ダブルフォルトが多いという欠点も時折顔を出すものの、重要な場面で一発でポイントを取れる大きな武器と化した。決勝戦の最後のゲームでも、デュースから2度までもエースを決め、優勝へと力強く前進した。

そして、リターン力。もともとリターンには定評のあるシャラポワだが、今大会では上背を生かして相手のサーブを叩きつけ、そこからラリーの主導権を握るのが勝ちパターンである。決勝戦も含めた7試合で、シャラポワは相手のサービスゲームを、なんと71%の確率でブレークしている。サーブを弱点とするエラニでは、勝機を見出すことは不可能に近かった。

「ここまで長い旅路だった。それでも私は常に、自分はより良い選手になると信じてきた。例えクレーでも、上達できると信じてきた。どんなに多くの人たちが無理だと言っても私は聞かなかった。私は、自分の声に耳を傾けてきた」
 
自分を信じ、正しき道を取捨選択しながら重ねた努力と改革。だからこそこの優勝は、奇跡ではなく、必然だ。


posted by kisebeauty at 12:06| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: