2012年11月03日

歌手のカイリー・ミノーグがデビュー25周年を記念しファッション本『Kylie/Fashion』を出版



歌手のカイリー・ミノーグ(Kylie Minogue)がデビュー25周年を記念し、ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)やジョン・ガリアーノ(John Galliano)などのデザイナーによる衣装を収めたファッション本『Kylie/Fashion』を出版する。

 カイリーは「この本には、キャリアを通して知り合った才能のあるファッション界の人々との関係を記しています。一緒に仕事をした素晴らしいデザイナーやメゾンの話をまとめることができてとても嬉しいです。アーカイブを振り返りることは思い出を辿る旅のようです。ファッションには、私の25年間が集約されています」と語る。

 今回掲載されている衣装の多くは、カイリーがステージやPVで着用したもので、「スピニング・アラウンド」のPVで着用したゴールドのホットパンツや「熱く胸を焦がして」で披露したホワイトのフード付きのキャットスーツなども含まれている。

 本の中で「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)」のデザイナー、ドメニコ・ドルチェ(Domenico Dolce)とステファノ・ガッバーナ(Stefano Gabbana)は「いつもカイリーのために楽しく衣装をデザインしてきました。アルバム『アフロディーテ』のカイリーは本当に女神のようでした」とコメントしている。そのほか、ゴルチエが序文を担当したほか、ステラ・マッカートニー(Stella McCartney)、クリストファー・ケイン(Christopher Kane)、ジャイルズ・ディーコン(Giles Deacon)らデザイナーもコメントを寄せている。

★カイリー・ミノーグKylie Minogue
基本情報
出生名Kylie Ann Minogue
出生1968年5月28日(44歳)
出身地オーストラリア, メルボルン
ジャンルPop, dance-pop, electropop, europop
職業シンガーソングライター
活動期間
1987 – 現在 (歌手)
1979 – 現在 (女優)
レーベル
Mushroom, 1987 – 現在
Geffen (US), 1988 – 1989
PWL, 1987 – 1992
Deconstruction, 1993 – 1998
Parlophone, 1999 – 現在
EMI, 1999 – 現在
Capitol, 2002 – 現在
公式サイト Kylie.com

カイリー・アン・ミノーグ OBE(Kylie Ann Minogue, OBE, 1968年5月28日 - )は、オーストラリア・ビクトリア州メルボルン生まれのシンガーソングライター、女優である。2012年現在はイギリスに住所を移し、同国を主な活動拠点としている。身長153cm。2012年には歌手デビュー25周年を迎えた。妹のダニー・ミノーグもポップ歌手である。



人物

1987年に歌手デビュー後、母国オーストラリアやイギリスを中心に大ヒットを数多く飛ばす。一時期は「低迷期」と呼ばれる時期もあったが2000年代に入って復活。2001年に発表された「フィーヴァー」が大成功して以降はその歌唱力と美術センスのコラボレーションや、コンサートでのカイリーの「腰振り」にも話題が集まるようになった。

日本では1980年代に発表された「ラッキー・ラヴ」や「ロコモーション」、Winkがカヴァーして大ヒットを記録、カイリー・ヴァージョンも日本の洋楽シングルチャートで7週連続1位を記録した「愛が止まらない 〜ターン・イット・イントゥ・ラヴ〜」などが有名。また世界的に大ヒットした「熱く胸を焦がして(2001年)」や「スピニング・アラウンド(2000年)」、「ワウ(2008年)」、「オール・ザ・ラヴァーズ(2010年)」なども代表曲として挙げられる。また歌手活動と平行して、女優活動や香水などのプロデュースも行っている。

来歴

1968-1992:誕生からPWL時代

1968年5月28日、オーストラリア・メルボルンで生まれた。父親はアイルランド系、母親はウェールズ系。

1980年、オーストラリアのTV番組『スカイウェイズ』に子役として出演した。

1986年2月24日から、オーストラリアの人気ドラマ『ネイバーズ』にシャーリーンの役で出演した。この番組には恋人役としてジェイソン・ドノヴァンが出演、二人は実際に恋仲になり1989年の「エスぺシャリー・フォー・ユー」(全英1位)ではデュエットを披露していたが破局。しかしその後も関係は良好でジェイソンが2007年にITVで行われたカイリーのTVスペシャルに出演したり、ジェイソンがBBCのダンス番組「ストリクトリー・カム・ダンシング」に出演した際にはカイリーがビデオメッセージを送っている 。

1987年3月、オーストラリアの『ロギー・アワード』銀賞を獲得した。

同年7月、オーストラリアのマッシュルームレコードから、リトル・エヴァ(Little Eva)のカヴァー曲「ロコモーション」でデビューした。カイリーのカヴァー曲は、ビルボード(Billboard)誌の週間チャートにおいて1988年11月12日付で最高位の第3位まで上昇した。1988年年間チャートでは第51位だった。ビルボード誌の集計では2012年現在までにおけるカイリー・ミノーグ最大のチャートヒットである。

1988年1月、イギリスとオーストラリアで、セカンドシングル(”世界デビュー曲”と呼ばれることも多い)「ラッキー・ラヴ」を発売し全英1位を獲得。「ラッキー・ラヴ」は、イギリスの「ユーロビート」のヒットメーカーチームであるストック・エイトキン・ウォーターマン(Stock-Aitken-Waterman)のプロデュースで、発売したレコード会社も彼らのレーベルPWLである。同年7月にはデビューアルバム『ラッキー・ラヴ』を発表、アルバムからは「恋は急がず」、「涙色の雨(ジュ・ヌ・セ・パ・プークワ)」などヒットを連発。また日本ではヘイゼル・ディーン(Hazell Dean)のカヴァー曲「愛が止まらない 〜ターン・イット・イントゥ・ラヴ〜」がデビューアルバムから独自にシングルカットされ、当時絶大な人気を誇っていたアイドルWinkがカヴァーした相乗効果もあり大ヒットした。

1989年、2ndアルバム『エンジョイ・ユアセルフ』を発表、アルバムは2作連続の全英1位を獲得し先行シングルの「いつわりのハート」も全英1位を獲得する。

1990年、3rdアルバム『リズム・オブ・ラヴ』を発表、このアルバムは今でもファンからの人気が高い作品の一つとして知られておりツアーでも必ずシングル曲が1~2曲は歌われる。

また、1989年から1991年にかけてカイリーは世界的ロックバンドであるINXSのボーカル、マイケル・ハッチェンスと交際するが破局する。

1991年には4thアルバム『あなたも、M?』を、1992年には初のベストアルバムである『グレイテスト・ヒッツ』(全英1位)を発表する。この『グレイテスト・ヒッツ』を最後にカイリーはデコンストラクションへと移籍する。

1994-1998:デコンストラクション時代

1990年代以降、アイドル路線から歌唱力に比重を置いたプロモーションに変更したが、人気は逆に低迷してしまう。この間にアメリカ映画『ストリートファイター』(1994年)にキャミィ役で出演する。

1994年、5thアルバムとなる『カイリー・ミノーグ』を発表。アルバム名に自分の名前を冠したこの作品はカイリーの再デビューとでもいうべき、記念碑的な作品となる。このアルバムには全英で2位、オーストラリアでナンバーワンに輝いた「コンファイド・イン・ミー」が収録されている。

1997年、元交際相手であったマイケル・ハッチェンスが自殺、とっくの前に破局していたとはいえ、その後もよき友達として関係を続けていたカイリーにとっては大きなショックであった。

同年にはデコンストラクションでの第二作目となる『インポッシブル・プリンセス』を発表した。この作品はインディーロックなどを盛り込んだ野心的な作品となった。しかしダイアナ元皇太子妃の死去に伴うタイトル変更やダークな作風のためか、売り上げは伸び悩んだ。そしてカイリーは再度移籍することになる。

1999-2005:パーロフォンへの移籍と『フィーヴァー』の大成功

1999年、EMI傘下のパーロフォンに移籍。自身のアルバム発表に先駆け、同じくパーロフォン所属のペット・ショップ・ボーイズの楽曲"In Denial"(アルバム『ナイトライフ』収録)にゲスト参加する。

2000年、移籍後初のアルバム『ライト・イヤーズ』を発表。リードシングル「スピニング・アラウンド」が10年ぶりに全英シングルチャートで1位を獲得し劇的な復活を遂げ、「オン・ア・ナイト・ライク・ディス」(全英2位)やロビー・ウィリアムズとの「キッズ」(全英2位)など後続のシングルカットも次々ヒットして第2の黄金期を創出する。1990年代はピンナップガールのような露出の仕方で知名度を保っていたが、この作品群をきっかけに音楽活動の主体となっていたイギリス内でセックスシンボルの地位を確立。また、「スピニング・アラウンド」のミュージック・ビデオで見せたゴールドのホットパンツや、同年オーストラリアで開催されたシドニーオリンピックの閉会式での歌唱も話題となった。

追い風に乗ったカイリーは2001年にアルバム『フィーヴァー』を発表。リードシングル「熱く胸を焦がして」は全英1位に輝いたのみならず世界中でナンバーワンを獲得、約100万枚と彼女のキャリア史上最大のセールスを挙げた。この曲は2002年に入ってアメリカでも大ヒット(ビルボードでは最高7位、ダンスチャートでは初の1位に輝いた)。さらに「フィーヴァー」は全英アルバムチャートで9年ぶりのナンバーワンを獲得、全米でも3位(カイリーのアルバムがTOP10に入るのはこれが初である)を獲得するなどデビュー当時を上回る人気を獲得した。このアルバムからは他にも「イン・ユア・アイズ」(全英3位、豪州1位)、「ラヴ・アット・ファースト・サイト」(全英2位、全米ダンスチャート1位)などのヒットも生まれた。

同年、同じオーストラリア出身のバズ・ラーマン監督の『ムーラン・ルージュ』にアブサンの妖精 "The Green Fairy" として登場。『サウンド・オブ・ミュージック』を歌った。

2003年、9枚目のアルバム『ボディ・ランゲージ』を発表。先行シングル「スロウ」は全英1位を獲得。

2004年、『フィーヴァー』から最後のシングルとしてカットされていた「カム・イントゥ・マイ・ワールド」でグラミー賞 "Best Dance Recording" を獲得。

この年には自身のキャリアを総括したベスト・アルバム『コンプリート・ベスト』を発売、新曲として「アイ・ビリーヴ・イン・ユー」(全英2位、全米ダンスチャート3位)「ギヴィング・ユー・アップ」が収録された。

2005-2009:乳癌克服からキャリア初の北米ツアー

2005年3月から「ショーガール:ザ・グレイテスト・ヒッツ・ツアー」を開始。

2005年5月、ツアーの最中に乳癌が発覚し、地元メルボルンでの闘病生活を強いられたものの、早期発見が幸いし、半月ほどで治療に成功した。退院後は、ガンとの闘病生活を送る子供たちを見舞うために病院を訪れるなどの活動を行った。術後の体調は良好である。

2006年11月、シドニーを皮切りに「ショーガール:ホームカミング・ツアー」とタイトルを変更, 全衣装や一部曲目なども変更してツアー再開。2007年1月23日に終了。全公演完全ソールドアウト。

2007年11月には、10枚目のアルバムとなる『X』発売、6ヵ国で1位を記録。

2007年12月 イギリスのエリザベス2世女王より、大英帝国勲章(OBE)を授与されることが決まる。

2007年12月に10年ぶりの来日。アルバムと香水のプロモーション、そして日本テレビ系『Music Lovers』でのゲストライブ、番組内では「熱く胸を焦がして」、「ラッキー・ラヴ」、「2・ハーツ」を歌った。

2008年2月に、『SMAP×SMAP』にゲスト出演。同年4月には、アメリカでアルバム『X』が発売、USでのリードシングルには独自に「オール・アイ・シー」が選ばれ、「This Is Why I'm Hot」の大ヒットで知られるラッパーのMIMSが参加したリミックスが正式に作られる。

2008年5月 フランス・パリを皮切りに「KYLIEX2008」ツアーが開始される。

2008年7月 英国・バッキンガム宮殿にて、大英帝国勲章(OBE)を正式に授与される。

2009年9月、キャリア初の北米ツアー『For You, For Me Tour』を開始しツアーは大成功に終わる。

2010-現在:『アフロディーテ』から歌手デビュー25周年

2010年7月 最新アルバム『アフロディーテ』を、2010年6月30日、世界に先駆けた日本先行リリース(EMI Music Japan)を筆頭に、主に7月初旬に全14ヵ国で相次いでリリースした。このアルバムは全英でナンバーワン、20ヵ国でTOP10を記録した。全米でもTOP20を記録。

また、このアルバムからカットされたシングル(「オール・ザ・ラヴァーズ」「ゲット・アウタ・マイ・ウェイ」「ベター・ザン・トゥディ」「ハンズ・アップ(愛を感じて)」)全てが全米ダンスチャートでナンバーワンを獲得した。これは彼女のキャリアの中では初めての事である。(全米ダンスチャート1位は過去に「熱く胸を焦がして」「ラブ・アット・ファースト・サイト」「スロウ」で獲得している)。

さらに、「アフロディーテ」が全英で1位を獲得したことでカイリーはイギリスのチャートで4世代(80年代、90年代、00年代、10年代)それぞれで1位を獲得した初の女性ソロアーティストとなった。

また、全米クラブ・チャートにて同じ週に『アフロディーテ』からシングル・カットされた3枚目のシングル「ベター・ザン・トゥディ」が1位、カイリーがフィーチャリングされたタイオ・クルーズの「ハイアー」が3位を記録したことから、カイリーは全米クラブ・チャートで初の2つのシングルをTOP3に送り込んだ女性ソロアーティストにもなった。

2011年2月から「アフロディーテ・レ・フォリ・ツアー」(一部地域では「アフロディーテ・ツアー」)をスタートさせる。このツアーは全英を含むヨーロッパ、北米、アジアやアフリカなどを廻り全77公演が行われた。このツアーでは 1991年の「リズム・オブ・ラヴ・ツアー」以来20年ぶりの来日コンサートが実現し4月23日と24日に 幕張メッセ、25日に 大阪城ホールで公演を行った。

来日前の 3月11日、 東日本大震災が発生し多くのアーティストが来日公演を取りやめる中、予定通り公演が執り行われた。また、4月25日には VERBALとともに東日本大震災支援のための楽曲、「ウィー・アー・ワン」が発表された。この楽曲はYoutubeにて視聴、そして寄付が可能である。

同年、11月27日には彼女のこれまでのキャリアを称えてARIAのHall Of Fame入りを果たした。

2012年にはデビュー25周年を迎えそれを記念して「K25」が発足、これはツイッターのハッシュタグを用いたツイートによりサプライズな動画が見られる企画である。1月25日には第一弾としてアビイ・ロード・スタジオで行われたオーケストラ・セッションから「ファイナー・フィーリングス」の映像が公開された(この映像は現地時間1月25日の午後7時から#K25fansのツイートが25000件に達したら公開というもので開始から約1時間半後に25000件に達した)。

3月18日からはアンタイ・ツアーを開始、このツアーはB面や未発表曲、アルバム曲を中心としたコアなファン向けのセットリストとなっており、比較的小規模な会場で行われている。オーストラリアでの公演は15分近くでソールドアウト。また、イギリスでの公演も販売から10分近くでソールドアウトになっている。

5月25日、配信限定でニューシングル『タイムボム』が発表された、この曲は"K25"の一環としてリリースされた新曲で世界同時配信から4分でツイッターのワールドワイド・トレンド・トピックで1位になるなど話題を呼んだ。

10月24日、過去のヒット曲をアビイ・ロード・スタジオでフルオーケストラとともに再録音した『女神(アフロディーテ)のすべて 〜アビイ・ロード・セッションズ〜』が日本先行で発売された。

ディスコグラフィ

チャート漢字表記一覧:イギリス(英),オーストラリア(豪),全米(米),日本(日),フランス(仏),ドイツ(独),アイルランド(愛),カナダ(加),オーストリア(墺),イタリア(伊),スペイン(西),オランダ(蘭),ベルギー(白),スウェーデン(瑞),ロシア(露),デンマーク(丁),フィンランド(芬),ハンガリー(洪),台湾(台)

オリジナル・アルバム
『ラッキー・ラヴ』(1988年)
『エンジョイ・ユアセルフ』(1989年)
『リズム・オブ・ラヴ』(1990年)
『あなたも、M?』(1991年)
『カイリー・ミノーグ』(1994年)
『インポッシブル・プリンセス』(1997年)
『ライト・イヤーズ』(2000年)
『フィーヴァー』(2001年)
『ボディ・ランゲージ』(2003年)
『X』(2007年)
『アフロディーテ』(2010年)

コンピレーション・アルバム (一部)
『グレイテスト・ヒッツ』(1992年)
『ヒッツ+』(2000年)
『コンプリート・ベスト』(2004年)
『ラヴ・カイリー〜ベスト・オブ・カイリー・ミノーグ』(2011年 来日記念盤)
『女神(アフロディーテ)の宝石 〜ベスト・オブ・カイリー・ミノーグ〜』 (2012年)
『女神(アフロディーテ)のすべて 〜アビイ・ロード・セッションズ〜』  (2012年)

シングル

- 1987年
「ロコモーション」(英2,豪1,日1,加1,芬1,愛1,南非1,米3,独3,仏5,蘭6,伊6)(米CLUB12位)
「ラッキー・ラヴ」(英1,豪1,独1,日1,愛1,墺4,伊6,加25,米28,仏4位)(米CLUB10位)

- 1988年
「恋は急がず」(英2,豪1,香1,独6,仏9位)
「涙色の雨(ジュ・ヌ・セ・パ・プークワ)」(英2,豪12,香4,独14,仏15位)
「愛が止まらない 〜ターン・イット・イントゥ・ラヴ〜」(日1位)
「ノー・シークレット」(日4,加22,米37位)

- 1989年
「いつわりのハート」(英1,豪4,愛1,香1,日2,独17,蘭19,仏8位)
「いつだってラヴ・ユー」(英2,豪6,独24,仏19位)
「ネヴァー・トゥー・レイト」(英4,豪14,蘭29,独45,仏26位)

- 1990年
「ティアーズ・オン・マイ・ピロー」(英1,豪20,蘭19,独31位)
「悪魔に抱かれて」(英4,豪4,蘭22,独24,仏13位)
「ステップ・バック・イン・タイム」(英4,豪5,蘭35,独36,仏23位)

- 1991年
「愛のメッセージ」(英6,豪11,独48,蘭81,仏50位)
「ショック!」(英6,豪7位,仏50位)
「ワード・イズ・アウト」(英16,豪10,仏50位)
「さよならの行方」(英4,愛7,豪23) (キース・ワシントンとのデュエット)

- 1992年
「ギヴ・ミー・ジャスト・ア・リトル・モア・タイム」(英2,南非1,豪24,独51位)
「ファイナー・フィーリングス」(英11,豪60位)
「ホワット・カインド・オブ・フール」(英14,豪17,独81位)
「セレブレイション」(英20,豪21位)

- 1994年
「コンファイド・イン・ミー」(英2,豪1,日5,蘭38,独50,仏10位)(米CLUB 39位)
「プット・ユアセルフ・イン・マイ・プレイス」(英11,豪11,独87位)

- 1995年
「ホェア・イズ・ザ・フィーリング?」(英16,豪31位)

- 1997年
「サム・カインド・オブ・ブリス」(英22,豪27,洪3,伊17,露20位)
「ディド・イット・アゲイン」(英14,豪14位)

- 1998年
「ブリーズ」(英14,豪23,露3位)
「カウボーイ・スタイル」(豪39位)

- 2000年
「スピニング・アラウンド」(英1,豪1,伊13,蘭30,独62,仏28位)
「オン・ア・ナイト・ライク・ディス」(英2,豪1,露27,蘭64,独72,仏69位)
「プリーズ・ステイ」(英10,豪15,蘭50位)

- 2001年
「ユア・ディスコ・ニーズ・ユー」(豪20,独31,蘭50,仏31位)
「バタフライ」(米CLUB 14位)
「熱く胸を焦がして」(英1,豪1,独1,伊1,仏1,蘭1,愛1,墺1,西1,瑞1,白1,丁1,米7位)(米CLUB 1位)

- 2002年
「イン・ユア・アイズ」(英3,豪1,愛6,伊7,西7,独18,蘭14,仏24位)
「ラヴ・アット・ファースト・サイト」(英2,豪3,加5,西7,愛7,伊8,蘭15,独16,米23,仏33位)(米CLUB 1位)
「カム・イントゥ・マイ・ワールド」(英8,豪4,伊13,蘭35,独47,米91位)(米CLUB 20位)

- 2003年
「スロウ」(英1,豪1,西1,丁1,伊6,加6,独8,蘭8,露20,洪4,米91位)(米CLUB 1位)

- 2004年
「レッド・ブラッディッド・ウーマン」(英5,豪4,露4,愛9,伊10,独16,蘭16,仏33位)
「チョコレート」(英6,豪14,露7,伊14,独43,仏69位)
「アイ・ビリーヴ・イン・ユー」(英2,墺4,西5,豪6,蘭10,丁2,独12位)(米CLUB 3位)

- 2005年
「ギヴィング・ユー・アップ」(英6,豪8,西6,独27,蘭34位)

- 2007年
「2・ハーツ」(英4,豪1,西1,伊2,独13,仏15位)

- 2008年
「ワウ」(英5,豪11,仏15位)(米CLUB 19位)
「イン・マイ・アームズ」(英10,豪35,独8,蘭20,伊20,仏10位)
「オール・アイ・シー」(加81位)(米CLUB 3位)
「ザ・ワン」(英36,露61位)

- 2010年
「オール・ザ・ラヴァーズ」(英3,仏3,伯4,墺5,西6,愛6,伊6,独10,豪13,洪2,露14位)(米CLUB 1位)
「ゲット・アウタ・マイ・ウェイ」(英12,白5,西11位)(米CLUB 1位)
「ベター・ザン・トゥデイ」(英32,豪55,仏63位)(米CLUB 1位)

- 2011年
「ハンズ・アップ(愛を感じて)」(英93,豪50,墺38,白36位)(米CLUB 1位)

- 2012年
「タイムボム」(英31,豪12位)(米CLUB 1位) (配信限定リリース)
「フラワー」(配信限定リリース)

コラボレーション・シングル [編集]

- 1988年
「エスペシャリー・フォー・ユー」(英1,豪2,香1,蘭6,独10,仏3位) (ジェイソン・ドノヴァンとのデュエット)

- 1989年
「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」(英1位) (バンド・エイドIIの一員として参加) (チャリティー・シングル)

- 1991年
「キープ・オン・パンピン・イット」(英49位) (ヴィジョンマスターズ&トニー・キングのフィーチャリング・アーティストとして参加)

- 1995年
「野薔薇」(英11,豪2,独12,墺4位) (ニック・ケイヴとのデュエット)

- 1998年
「GBI」(日20,豪50,英63位) (テイ・トウワとのコラボレーション)

- 2000年
「キッズ」(英2,豪14,蘭24,愛5,独47位) (ロビー・ウィリアムズとのデュエット)

- 2005年
「SOMETIME SAMURAI」(テイ・トウワとのコラボレーション)

- 2008年
「Lhuna」(コールドプレイとのコラボレーション、チャリティー・シングルとして発表)

- 2010年
「エヴリバディ・ハーツ (英1,愛1位) (Helping Haitiの一員として参加) (ハイチ大地震のチャリティー・シングルとして発表)
「ハイアー」(英8,米24,独3,仏7,加13位)(米CLUB 1位)(タイオ・クルーズのフィーチャリング・アーティストとして参加)

DVD
「グレイテスト・ヒッツ・ライブ〜イン・シドニー」(2001年)
「フィーヴァー 2002 ライヴ・イン・マンチェスター」(2002年)
「ボディ・ランゲージ・ライヴ」(2004年)
「コンプリート・ベスト DVD」(2004年)
「ショウガール - ザ・グレイテスト・ヒッツ・ツアー 2005」(2005年)
「ホワイト・ダイアモンド/ホームカミング」(2007年)
「Kylie X 2008」(2008年)
「アフロディーテ・レ・フォリ -ライヴ・イン・ロンドン-」(2011年)(ライヴ音源を収録したCD2枚組が同梱されている)

Blu-ray
「Kylie X 2008」(2008年)
「アフロディーテ・レ・フォリ -ライヴ・イン・ロンドン-」(2011年)

受賞
Brit Awards Best International Female Artist in 2001
Grammy Award For Best Dance Recording in 2004
Brit Awards International Female Solo Artist in 2008

日本公演
1989年 MEGA DISCO in DREAM '89 with デッド・オア・アライヴ、シニータ
10月2日 名古屋レインボーホール、6日 東京ドーム、7日,8日 大阪城ホール 1991年 Rhythm of Love Tour
3月3日:東京ベイNKホール 3月6日:横浜アリーナ、3月8日:名古屋市公会堂、3月10日:神戸ワールド記念ホール 2011年 APHRODITE LIVE 2011
4月23日・24日 幕張メッセイベントホール、25日 大阪城ホール
posted by kisebeauty at 08:57| Comment(0) | ファッション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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