2013年04月25日

西の京から薬師寺と唐招提寺へ行く途中の春景色を満喫 「由緒正しい二都の春物語」

卯月、久しぶりに由緒正しい春を味わいたくなり、大和西ノ京へ足を運んだ。
今では京都駅から近鉄橿原線「西ノ京駅」へ直通でいける特急電車も走っている。
たいしたものだ。
先に京都から西の京へ行くのは京都の高台寺と円徳院のライトアップを見たかった所為である。奈良西ノ京からユーターンして夕方に京都の高台寺と円徳院をたずねるつもりである。題して「由緒正しい二都の春物語」とでも洒落てみるか。

西ノ京駅を降り、左折すると2−3分程で薬師寺、さらに左折して10分ほどで唐招提寺に着く。
周りはのどかな田園風景。ところどころに観光客用の民芸品店や食事処が点在し、
西の京から薬師寺と唐招提寺へ行く途中の春景色
名残桜があちこちに垣間見れる。

歴史の道1.jpg
西の京から薬師寺と唐招提寺へ行く途中の春景色


薬師寺は天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して創建を発願した寺である。

享禄元年(1528)、戦火によって薬師寺は金堂や講堂、西塔などを失った。かろうじて戦火を免れたのは東塔だけだった。以来、灰燼に帰した諸堂、特に金堂の復興は、歴代の管主の悲願中の悲願だったに違いない。
昭和42年(1967)、管主の高田好胤師は白鳳伽藍の復興を発願され、檀家というものがない為、写経による納付金を建設資金に充てて復興事業が進められた。努力の甲斐もあってによって、昭和51年(1976)4月に念願の金堂が再建され、昭和56年(1981)には西塔が再建された。
高田好胤師はタレント坊主などと言われたこともあるが目的はただひとつ薬師寺の復興だったのではなかろうか。世界最高の仏像薬師三尊を保存するためにはどうしても新しい金堂が必要だったのである。そして檀家を持たない薬師寺にとって資金集めが必要だったのである。そのためにはより多くの人に現状を知ってもらい協力を呼びかけていたのである。高田好胤師に私は3度ほどお目にかかったことがある。

副管長時代に2度、管長時代に1度ある。
そのときの印象に残っていることは礼儀正しい、下から目線で、目がとても澄んでいたことである。やはり修行を積んだ人は俗世間のわれわれとは次元が違うと感じた。
 講堂に関しては、嘉永5年(1852)、焼失後の跡地に創建当時の半分の大きさで再建され、薬師三尊像が安置されていた。薬師三尊像は世界の美術品と同様に大切に未来永劫まで保存されるべきだと高田好胤師は常々訴えておられた。
講堂を復興する工事は平成8年(1996)に開始され、7年を費やして完成した。思い起こせば約35年の長きにわたって続けられてきた”大復興事業”であった。
薬師寺では最も愛する薬師三尊を拝観する。薬師三尊はすべての面において調和の取れた
仏像である。

薬師三尊.jpg
厳しく凛々しい薬師如来。脇時として日光、月光の両菩薩がまるでツイストでもしているかのようにたっている。

現代風にいえば薬師如来はドクターであり、日光、月光の両菩薩は看護師とも言える。
薬師如来像はどんな病を持った人でも必ず治癒して見せるという堅い決意を現すと同時に静かな慈愛の表情に観て取れる。
日光、月光の両菩薩は看護師として忙しいのであろう、腰をひねって一刻もじっとしていられないということを表現しているのかもしれない。
日光、月光の両菩薩は24時間体制であることを現している。デイライト&ムーンライト。「薬師寺総合病院では薬師如来 脇時の日光、月光の両菩薩がドクターと看護師として朝から晩まで24時間皆さんを治療いたします。ご安心ください」といっているのであろう。


日光菩薩は「慈悲」を月光菩薩は「理性」を表現しているといわれている。

薬師三尊を拝見するといつも思うことは静と動との絶妙なバランスである。
胸板も厚く、堂々としているお姿は他の仏像を遥かにしのぐ存在感である。指の動きも繊細であり、指先まで神経が行き届き、すばらしい。
男性的な身体と女性を思わせるたおやかな指先に、仏師は静かなる慈愛を表現したかったのだろう。
まさに美の極致である。

聖観音菩薩.jpg

次には聖観音菩薩が素敵である。聖観世音菩薩は日本屈指のお美しいお姿の観音さまといわれ、薄い衣を召し、その衣の美しい襞の流れの下からおみ足が透けて見えるシースルー彫刻法は、インドのグプタ王朝の影響を受けたものといわれています。
モデルはインドのセレブ階級のファッションが基本であるので頭や胸などにきらびやかな装飾品を飾ったゴージャスなお姿が多い。
端正なお顔を拝見するとわが身がイケメンになった気がするのである。

薬師寺の拝観後には近くなので休ヶ岡八幡宮にも立ち寄るとよい。
そして唐招提寺へと向かう。

★西の京から薬師寺と唐招提寺へ行く途中の春景色
西の京の春景色のことを「由緒正しい春」と表現したのは「大和古寺風物詩」の一節で亀井勝一郎でした。

歴史の道.jpg
西の京から薬師寺と唐招提寺へ行く途中の春景色

「西の京から薬師寺と唐招提寺へ行く途中の春景色に初めて接したとき、これがほんとうの由緒正しい春というものかと思った。〜中略〜その一木一草には、古の奈良の都の余香がしみわたっている。〜中略〜塔と伽藍からたち昇る千二百年の幽気が、この辺りのすべてに漂っているように思えた。」(『大和古寺風物誌』新潮社)

薬師寺.jpg
西ノ京大池 勝間田池より薬師寺を展望

posted by kisebeauty at 00:10| Comment(0) | 神社・仏閣・仏像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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