2014年05月12日

美しすぎる「マンハッタンのため息」リー・ワイリー

春の宵、あたりは暗闇ではあるがほのかに甘い花の香りが感じられる。

久しぶりに「ナイト・イン・マンハッタン」というCDを聴いてみる。


優雅で洗練された都会的センス、香り立つようなお色気、しっとりした情感と温かみにあふれたリー・ワイリーの歌声に癒される。

ヘレン・メリルが「ニューヨークのため息」ならばリー・ワイリーは「マンハッタンのため息」といったところだろうか。

ジャケットがまた美しすぎる。白のイヴニングドレスを纏った女性がスマートでエレガントだ。

ジャケットでの会話
夫が彼女にささやく。「皆が君の美しさにため息をついているよ」
妻は答える。「あらそう。うれしいわ。あなたも素敵よ」

暗闇で目には彩かに見えねども、「マンハッタンのため息」リー・ワイリーのフレグランスの香りが頬をくすぐるような心地よい春の宵を過ごさせてもらった。

★リー・ワイリー
Lee Wiley (October 9, 1908 – December 11, 1975) was an American jazz singer popular in the 1930s, 1940s, and 1950s.



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2013年07月31日

2010年にロンドン(London)の駅で盗難に遭って以来行方が分からなくなっていた120万ポンド(約1億8000万円)相当の希少バイオリン「ストラディバリウス(Stradivarius)」が発見される



英警察は30日、2010年にロンドン(London)の駅で盗難に遭って以来行方が分からなくなっていた120万ポンド(約1億8000万円)相当の希少バイオリン「ストラディバリウス(Stradivarius)」を発見したと発表した。

 1696年製のストラディバリウスと貴重な弓2本は、所有者で韓国出身のバイオリニスト、キム・ミンジン(Min-Jin Kym)さん(34)がロンドンのユーストン(Euston)駅のカフェで食事中、何者かに盗まれた。キムさんが10代の頃から使い続けてきた楽器だったという。

 警察によると、バイオリンは先週、イングランド中部の建物で発見された。詳細は明らかにされていないが、ほとんど損傷を受けておらず、同時に盗まれたペカット(Peccatte)の弓(6万2000ポンド、約925万円)とバザンスクール(School of Bazin)の弓(5000ポンド、約75万円)と共に、ケースに入った状態で見つかった。

 2011年4月には、バイオリンを盗んだ罪を認めたジョン・モーガン(John Maughan)被告(当時30)に、禁錮4年の判決が言い渡された。この他、事件に関与したとされるロンドン在住の15歳と16歳の少年が、少年院に収容されている。

◆英鉄道警察は30日、ロンドン市内で2010年末に盗まれたバイオリンの名器「ストラディバリウス」を、イングランド中部の民家で発見、回収したと発表した。

見つかったのは1696年製のストラディバリウス。100万ドル(約9800万円)以上の価値があるとされるバイオリン本体と、計10万500ドル相当の弓2本が、ともにほぼ無傷のまま回収された。

捜査を率いた刑事部長は「長期にわたる複雑な捜査の結果、バイオリンを回収できたことをうれしく思う」と話し、捜査には警察内の別のチームや保険会社、骨董(こっとう)品業者らの協力があったことを強調した。

持ち主のバイオリニスト、キム・ミンジンさんは当時、ロンドン市内の駅近くでバイオリンと弓の入ったケースがなくなっていることに気付いて警察に通報した。同事件に関連して翌年、10代の若者2人が逮捕され量刑を言い渡されたが、楽器自体は見つかっていなかった。ミンジンさんは「事件のことを毎日考え、夢の中にも出てきた」と振り返り、発見の知らせに感激していると話した。

ストラディバリウスは、1600年代にイタリア・クレモナ出身のアントニオ・ストラディバリが製作した弦楽器群。ストラディバリは計1116本の楽器を作ったとされ、そのうちビオラ、チェロ、マンドリン、ギターを含む600本以上が現存する。


★アントニオ・ストラディバリ
アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari、1644年 - 1737年12月18日)は、イタリア北西部のクレモナで活動した弦楽器制作者。世界最高峰のヴァイオリンであるストラディバリウスを製作したことで知られる。

ニコロ・アマティに弦楽器制作を師事し、16世紀後半に登場したヴァイオリンの備える様式の完成に貢献した。ヴァイオリンを中心に約1,200挺の楽器を製作したとされ、約600挺の存在が確認されている。また、ヴィオラやチェロを約50挺制作しており、いずれも弦楽器の代表的な名器として知られる。彼の手による楽器にはラテン語でAntonius Stradivarius Cremonensis Faciebat Anno [date](クレモナのアントニオ・ストラディバリ作、[制作年])という銘がある。

生涯
1644年に生まれたとされているが、正確な誕生月日は不明。父はアレサンドロ・ストラディバリ(Alessandro Stradivari)、母はアンナ(Anna née Moroni)。1667年から1679年まで、ニコロ・アマティの工房で弟子として楽器の製作技術を学んだ。1680年、クレモナのサン・ドメニコ広場(Piazza San Domenico)に工房を構えると、若くして楽器制作者としての名声を得た。その生涯で1,116挺の楽器を製作したとされ、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、マンダリン、ギターを含む約600挺が現存している。ストラディバリの独創性はアマティの様式の変更を通じて発揮され、ばらつきのあった木の厚みをより厳密に制御し、ヘッドスクロールの概念を確立し、音色を締めるためのニスはより色濃くなった。
1737年12月18日、イタリアのクレモナにて死去し、サン・ドメニコのバシリカに埋葬された。この教会は1868年に解体されており、ストラディバリの遺骸は失われた。

ストラディバリウス
ストラディバリの制作した弦楽器には、18世紀の慣例に基づきラテン語にてAntonius Stradivarius Cremonensisというラベルが貼られている。ここから、彼の制作した弦楽器はストラディバリウスあるいは省略してストラドと呼ばれる。

ストラディバリウスはヴァイオリニストや収集家の羨望の的であり、しばしばオークションにおいて高額で落札される。現存する真作で最も高値をつけたのは2011年6月21日に1589万4000ドル(約12億7420万円)で落札された1721年製のストラディバリウス「レディ・ブラント」である[2]。それ以前は2006年に約4億円で競り落とされたものが最高記録だった[3]。また、1699年製(愛称不明)が2億1700万円で落札されている。日本人では高嶋ちさ子がルーシーを2億円で購入、千住真理子がデュランティを2〜3億円(具体的な金額は未公開)で購入している。

ストラド・モデル
ストラディバリのヴァイオリンやチェロの寸法などをコピーして制作された楽器はストラド・モデルと呼ばれる。ストラド・モデルは、ヘッドスクロールやF字孔の形状などが主たる模倣の対象で、グァルネリ・デル・ジェスの模倣と並び、ヴァイオリン属のデザインの古典となっている。これらストラド・モデルは、名前がつけられている特定の楽器の(傷や左右非対称といった)忠実な外的模倣から、現存するストラディバリウスの最大公約数に基づいたコピーまで多様である。
ストラディバリのヴァイオリンはその制作楽器の特徴から、三つの時期に分類できるとされる。このうち最後の時期においては、ヴァイオリンのボディ長の設計を約3mm拡大し355mm前後とした楽器(後にロングモデル、ロングストラドなどと呼ばれる)を主に制作している[4]。現代の寸法標準は、ストラドのロングモデルから形式的に取られており、世界中の作家がそれを守って制作している。

制作技術
1737年ストラディバリの死後、ストラディバリ・ファミリーの純然たる後継者はおらず、1745年、ほとんどの楽器職人がクレモナから逃避したことを機に、楽器制作の伝統は途切れた。その間のクレモナ市の参事会を構成する地元の貴族や有力者は、外国の王侯貴族の庇護で裕福になる楽器職人の存在を快く思わなかった。そのためストラディバリの死後、三男のパオロ・ストラディバリは父アントニオと二人の兄から相続した楽器の制作道具を「クレモナ市内で使用しないこと」を条件に売却した。

また、ストラディバリの時代のヴァイオリンはバロック・ヴァイオリンと呼ばれるものであり、主に室内楽に用いられた。市民革命後、王侯貴族の音楽である室内楽から、劇場における演奏会へと演奏形態が変化した。19世紀になって楽器制作の中心はパリに移り、より大きな華やかな音が出るヴァイオリンが求められ、ヴィヨームやルポーらによって、ネックの傾斜や指板の長さ・傾きとコマの高さのバランスが改造された。このような音楽のヴァイオリンに対する要請の変化の中で、最高峰の音色・音量を堅持して現在まで生き残っているのが、ストラディバリウスを頂点とするオールドイタリアンヴァイオリンである。

かつては楽器の表面につかわれたニスがストラディバリの音色の鍵だとされていたが、21世紀に入ってこれは否定された。現代の弦楽器制作者の木工技術は、楽器そのものに対する科学的な研究や技術開発が進んだこともあり、ストラディバリの時代の木工制作技術より優れている。

入手可能性
日本国内では、特定の老舗弦楽器商で仕入れられることがある。他に、所有者からの譲り渡しで購入する場合、海外ではオークションにかけられる事が多い。
ストラディバリウスは、資産家や所有団体、関係団体から演奏家へ(期間限定あるいは終身の)貸与される場合がある。日本では、公益法人や企業の保有しているストラディバリウスが音楽家に貸与されている。特に日本音楽財団は多くのストラディバリウスを保有し、内外の演奏家に無償貸与している。

ストラディバリウスにまつわるエピソード
ストラディバリウスは、優れた楽器の代名詞として、さまざまなフィクションに登場する。
20世紀以降では輸送中のストラディバリウスが航空事故に巻き込まれ、人物や高価な美術品と同様に大きな話題となることがある。天才ヴァイオリニストと謳われたジネット・ヌヴーが死亡した墜落事故、そのヌヴーの師であるジャック・ティボーが来日途上に巻き込まれ死亡した墜落事故などで、それぞれの愛用の一挺が巻き込まれている。ティボーの楽器はその残骸すら発見されていない。

ストラディバリウスと演奏家
ストラディバリウスやグァルネリウスを演奏するヴァイオリン奏者は、使用している楽器名を公開することが多い。
またストラディバリウスの名器は、その所有者や演奏者の来歴が明らかなことがある。 そのためストラディバリウスをはじめ著名な楽器には、辿ってきた軌跡に由来する二つ名(通称)が付いていることも多く、通称とあわせて公開されることもある。

日本人演奏家が使用するストラディバリウス
制作年 愛称 種別 使用者 自己所有/貸与団体 備考
1703年 ディクソン・ポインダー(Dickson-Poynder) Vl 辻久子 自己所有 自宅を売却し、購入資金に充てた。名称は以前の所有者ジョン・ディクソン=ポインダー(英語版)に由来する。
1707年 ステラ(Stella) Vl 二村英仁 自己所有 オランダの貴族が所有していたもの
1713年 レディ・レイ Vl 浦川宜也 不明 一時的に所有し、モーツァルトソナタ集の収録に使用。その後この楽器は日本ヴァイオリン経由で香港のヴァイオリニスト 姚珏(ジュエ・ヤオ))(中国語版)に渡る。(彼女はそれによって中国人発のストラディヴァリウス弾きとなる)[12]
1714年 ドルフィン(Dolphin) Vl 諏訪内晶子 貸与:日本音楽財団 ヤッシャ・ハイフェッツが所有していたもの。三大ストラディヴァリウスの一つ。アラード(1715年)は個人のコレクターが所有、メサイア(1716年)はイギリスのオックスフォードのアシュモリアン美術館に展示中。
1715年 エクス・ピエール・ローデ Vl 五嶋龍 貸与:NPO法人イエロー・エンジェル -
1715年 不明 Vl 川井郁子 貸与:大阪芸術大学 -
1717年 ハンマ1717 Vl 中澤きみ子 不明 ストラドにしては男性的[13]と言われ、「ストラドの中では音が出にくい“強い楽器”で弓をきちっと弦に吸い付かせてひかないと音が出ない」。コレクターのハウエ家が所有した後、シュトゥットガルトのハンマ商会が所有していたことが名前の由来。(ハンマ商会は他のストラドも所有していたことがあり、それらは「ハンマ1716」などと呼ばれる)。元ベルリンフィル第1コンサートマスターのコリヤ・ブラッハーやアルバン・ベルク四重奏団のギュンター・ピヒラーが奏した。
1716年 デュランティ Vl 千住真理子 自己所有 約300年間誰にも弾かれずに眠っていた。
1727年 レカミエ Vl 庄司紗矢香 貸与:上野製薬(株)名誉会長 ミッシャ・エルマンが所有・使用していたもの。
1727年 不明 Vl 神尾真由子 貸与:サントリー(株) ヨーゼフ・ヨアヒムが所有・使用していたもの。
1727年 不明 Vc 岩崎洸 不明 -
1736年 ルーシー(Roussy) Vl 高嶋ちさ子 自己所有

◆イタリアの弦楽器制作者アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari、1644年〜1737年12月18日)が製作した、世界最高峰のバイオリンの名称。1200挺ほどが製作され、現在、約600挺が存在するとされている。製作年代やタイプ、来歴などにより価格は大きく変わり、一般に数千万から数億円で取引されている。最高価格は、2011年6月にオークションで落札された1721年製のストラディバリウス「レディ・ブラント」の1589万4000ドル(約12億7420万円)。資産家や所有団体、関係団体から演奏家へ貸与されることもあり、特に日本音楽財団は内外の演奏家に無償貸与している。例えば、歴史的バイオリニストであるヤッシャ・ハイフェッツが所有していた1714年製の「ドルフィン」は、日本音楽財団によりバイオリニスト諏訪内晶子に貸与されている。
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2013年05月29日

「四季」といえばアーヨ盤が最高〜 ヴィヴァルディ「四季」のヴァイオリン奏者フェリックス・アーヨが仙台にやって来た!


◆第5回仙台国際音楽コンクール開催期間中に、若い音楽家の育成を目的とした「審査委員によるマスタークラス」をヴァイオリン、ピアノの2部門で開催いたします。

開催概要




ヴァイオリン部門

ピアノ部門



日程

2013年5月28日(火)、29日(水)

2013年6月19日(水)、20日(木)




詳細スケジュールはタイムテーブルをご覧ください。



会場

仙台市青年文化センター 練習室1、練習室4

仙台市青年文化センター シアターホール、練習室1



講師

フェリックス・アーヨ
ピエール・アモイヤル
シュミュエル・アシュケナージ
チョーリャン・リン
スヴェトリン・ルセフ
ミヒャエル・ヴァイマン

ベルント・ゲツケ
ブルーノ・カニーノ
ヨヘヴェド・カプリンスキー
セシル・ウセー
エヴァ・ポブウォッカ
スタファン・シェーヤ
申 秀貞(シン・スジョン)
エリソ・ヴィルサラーゼ

★フェリックス・アーヨ(Felix Ayo, 1933年7月1日 - )はスペインのヴァイオリニスト。

略歴

セスタオに生まれ、パリ、シエナ、ローマで学ぶ。1952年に聖チェチーリア音楽院の卒業生から成るイ・ムジチの創設メンバーの一人となり、リーダーとして16年にわたり活動。

1955年にヴィヴァルディの四季を初めて録音(ステレオ盤は1959年)し、フランス・ディスク大賞を獲得するなど大きな成功をおさめる。1970年にはローマ・べ一トーヴェン四重奏団を結成した。ソリストとしても多くのオーケストラや、ベルリン室内管弦楽団、ローマ合奏団、オーストラリア室内管弦楽団等と協演している。また母校の聖チェチーリア音楽院で教職に就き、各国のマスタークラスでも教鞭を取る。

☆雑感・一言
クラッシクのCDをただ一枚だけ選ぶとすると「 ヴィヴァルディ『四季』イ・ムジチ  アーヨ(Vn)」を迷わず選びます。
第一に季節ごとに聴いても良いし、出だしのきらきら輝く春の喜びは絶品です。
聞き込んでも良いし、バックグランドミュージックとしてもさわやかです。
フェリックス・アーヨからレッスンを受けられるなんて幸せだろうと思います。


募集
人員

16名(1名1回60分のレッスン)

24名(1名1回60分のレッスン)



受講
資格

将来音楽家を志す中学生以上25歳以下の方。
※2013年4月1日時点

将来音楽家を志す高校生以上25歳以下の方。
※2013年4月1日時点



選考

書類、CDまたはMDによる審査を経て受講生を決定し、応募者全員に結果をご連絡いたします。(3月中旬を予定)



受講
曲目

各部門とも自由(ただし、選考用録音曲と同じ曲とします。)



受講料

20,000円
※交通費その他受講のための費用は受講生負担となります。
※伴奏ピアニストが必要な場合は各自同伴してください。
※日本語通訳を主催者側で手配いたします。



聴講料

(1日券) 一般 1,000円 学生500円
※聴講券は2013年1月頃発売予定です。


申込方法

申込書ダウンロード

マスタークラス 受講申込書
※PDFファイルの表示・プリントには、Adobe Reader が必要です。

申込書に写真添付、必要事項を記入のうえ、受講曲の演奏(10分程度)を録音したMDかCDを添えて下記申込先へ送付してください。審査のための音源は2012年8月以降に録音したもの。(音源、申込書・写真は返却いたしません)

《申込先》

〒150-0002 東京都渋谷区渋谷2-1-6
公益財団法人ジェスク音楽文化振興会

申込締切

2013年2月1日必着

タイムテーブル



ヴァイオリン部門

5月28日(火)

5月29日(水)



練習室1

練習室4

練習室1

練習室4



13:00〜14:00

フェリックス・アーヨ






14:10〜15:10



15:20〜16:20

チョーリャン・リン



16:40〜17:40

ピエール・アモイヤル

シュミュエル・アシュケナージ

スヴェトリン・ルセフ

ミヒャエル・ヴァイマン



17:50〜18:50



19:00〜20:00





ピアノ部門

6月19日(水)

6月20日(木)



シアターホール

練習室1

シアターホール

練習室1



13:00〜14:00

ベルント・ゲツケ

ブルーノ・カニーノ

エヴァ・ポブウォッカ

申 秀貞(シン・スジョン)



14:10〜15:10



15:20〜16:20



16:40〜17:40

ヨヘヴェド・カプリンスキー

セシル・ウセー

エリソ・ヴィルサラーゼ

スタファン・シェーヤ



17:50〜18:50



19:00〜20:00



※主催者(仙台国際音楽コンクール組織委員会、仙台市、公益財団法人仙台市市民文化事業団)では、応募者及び受講生の個人情報について適切な管理を行うと共に、外部への流出防止に努め、個人情報の保護に努めます。しかし、マスタークラスの内容の都合により、最低限の個人情報を公開しなければならない場合があります。受講申込をされる際、受講申込書に添付された写真、及び記載された内容(氏名、国籍、年齢、性別、出身地(住所番地は除く)、学歴・演奏歴・受賞歴、受講曲)について公開の承諾をしていただきます。 ※マスタークラスは記録・広報等で録音、撮影が入る場合がございます。なお、全ての演奏、および録音・録画等に含まれる演奏に関する出場者の著作隣接権(人格権を除く)、ならびに記録写真等の肖像権は、主催者である公益財団法人仙台市市民文化事業団に無償譲渡されるものとし、受講者はそれに同意するものとします。

主催

仙台国際音楽コンクール組織委員会、仙台市、公益財団法人仙台市市民文化事業団

制作協力

公益財団法人ジェスク音楽文化振興会

お問い合わせ

公益財団法人ジェスク音楽文化振興会 Tel:03-3499-4530
公益財団法人仙台市市民文化事業団 コンクール推進課 Tel: 022-727-1872 e-mail: info@simc.jp


◆「第5回仙台国際音楽コンクール関連事業 審査委員によるマスタークラス」

開催日2013/05/28(火)時間5/28(火)13:00〜 5/29(水)16:40〜 6/19(水)〜6/20(木)13:00〜 [ヴァイオリン部門]5/28(火)13:00〜、5/29(水)16:40〜[ピアノ部門]6/19(水)、6/20(木)16:40〜 会場仙台市青年文化センター

開催日

2013/05/28(火)



時間

5/28(火)13:00〜

5/29(水)16:40〜

6/19(水)〜6/20(木)13:00〜

[ヴァイオリン部門]5/28(火)13:00〜、5/29(水)16:40〜[ピアノ部門]6/19(水)、6/20(木)16:40〜



会場名

仙台市青年文化センター



住所

宮城県仙台市青葉区旭ヶ丘3-27-5



TEL

022-276-2110



アクセス

仙台駅から市営地下鉄・泉中央方面行き10分、「旭ヶ丘駅」下車、
東1番出口より徒歩3分



料金

一日券 一般¥1,000、学生¥500



その他

[ヴァイオリン部門]5/28(火)フェリックス・アーヨ、ピエール・アモイヤル、チョーリャン・リン、シュミュエル・アシュケナージ、5/29(水)スヴェトリン・ルセフ、ミヒャエル・ヴァイマン、[ピアノ部門]6/19(水)ベルント・ゲツケ、ヨヘヴェド・カプリンスキー、ブルーノ・カニーノ、セシル・ウセー、6/20(木)エヴァ・ポブウォッカ、エリソ・ヴィルサラーゼ、申秀貞(シン・スジョン)、スタファン・シェーヤ


主催・問い合わせ



問い合わせ先

仙台市市民文化事業団



TEL

022-276-6778



Eメール

sbj@bunka.city.sendai.jp


チケット情報(チケットの販売状況については、販売元にお問い合わせください)



プレイガイド

仙台三越、仙台市青年文化センター(1F事務室)、イズミティ21(1F事務室)、Lコード ヴァイオリン部門23003、ピアノ部門23004



Pコード

189-379
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2013年05月21日

テイラー・スウィフトがトップ・アーティスト賞やトップ・ビルボード200アルバム賞などを含む最多8冠!ビルボード・ミュージック・アワード2013


 写真は、8つのトロフィーを手にしたスウィフト

ビルボード・ミュージック・アワード(Billboard Music Awards)2013の授賞式が19日、米ラスベガス(Las Vegas)で開催され、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)がトップ・アーティスト賞やトップ・ビルボード200アルバム賞などを含む最多8冠に輝いた。

 授賞式では、豪華アーティストのパフォーマンスも見られた。また、ビルボード・マイルストーン賞を受賞したジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)がステージで受賞スピーチを行う際、「僕は19歳だ。とてもいい仕事をしてると思う」「大事なのは音楽だ。僕はアーティストであり、尊重されるべきだ」と語り、観客からブーイングを浴びる場面もあった。

★テイラー・スウィフト(Taylor Swift、1989年12月13日 - )は、アメリカ合衆国のカントリー・ミュージック歌手、シンガーソングライター。女優として映画やテレビドラマにも出演している。身長180 cm(5ft11in)、足のサイズは26.5cm。

立て続けにヒット曲を生み出しており、ファン層も広く、しばしば「America's sweetheart」と呼ばれる。
生い立ち
1989年12月13日、レディング (ペンシルベニア州)で生まれた。現在はテネシー州ナッシュビルのヘンダーソンビルに両親と弟とともに在住。プロのオペラ歌手である祖母とカントリー歌手のリアン・ライムスの影響を受け、カントリー歌手になる事を決意した。その他、パッツィ・クライン、ドリー・パートン、シャナイア・トゥエインといった女性カントリー歌手や、ディクシー・チックスをよく聴いていたとも述べている。

10歳の時、ワイオミッシングでのカラオケ大会で、初めて人前で歌を歌い、その時から詞を書き始めた。11歳の時、カントリーミュージックで名高いテネシー州ナッシュビルのミュージック・ロウの全レコードレーベルに自作のデモテープを提出した。しかし、多くのレーベルからの評価は低いままだった。

12歳の時からナッシュビルに通い、地元の作詞家とともに書いた曲を提出し続けた。家族はテイラーのためにナッシュビルの郊外に転居する事を決めたという。その後、カントリー・ミュージックに特化した独立レコードレーベルである、ビッグマシン・レコードと契約を結んだ。

学生時代は同級生からいじめをうけていて、カントリー・ミュージックが好きということも笑いのネタにされていた。そのことについてテイラーは「彼女達のいじめという逆境に負けず頑張れたし、試練にもなった。私が世界に負けないよう強くなれたのも彼女達のおかげだと思うわ。」とコメントしている。

2010年夏ごろから、ナッシュビルの実家から20分程離れたマンションにて一人暮らしを始めている。

歌手活動
2006年 - 2008年
2006年、ビッグマシン・レコードで活動開始。デビューシングル「Tim McGraw」と、デビューアルバム「Taylor Swift」を2006年10月にリリース。アルバムはビルボードの総合アルバムチャートBillboard 200に19位で登場し、発売後の1週間で6万1000枚以上を売り上げた。その後、Billboard 200では5位に上がり、カントリー・アルバム部門で1位を獲得した。現在、MySpaceでのストリーム数は2000万回を超え、MySpace内のカントリー歌手ランキングで1位を保っている。

2007年には、3枚目のシングルである「Our Song」がカントリーチャートで6週連続1位を記録する大ヒットとなった。

2013年 - 現在
2008年11月11日に全米でセカンド・アルバム「Fearless」がリリースされた。このアルバムはBillboard 200で1位を獲得。1週間で59万2000枚を売り上げ、記録的なヒットを生んだ。同アルバム内の「Change」は一部が北京オリンピックのアメリカ代表の応援曲に採用され、NBCによるオリンピック中継の際に流れた。また、同アルバム内の曲で、シングルで同年9月12日に発売された「Love Story」はiTunes Storeで2位、ビルボード100で5位を記録し、大ヒットしている。

また、2008年10月25日にフィラデルフィアで行われたMLBのワールドシリーズの試合前にアメリカ合衆国国歌「星条旗」を歌った。

2009年9月13日、MTV Video Music Awards 2009で最優秀女性アーティスト・ビデオ賞受賞のスピーチをしている最中に、突然舞台上に泥酔して乱入してきた歌手のカニエ・ウェストにマイクを奪われ、スピーチを妨害されるというハプニングがあった。ショックのあまり舞台裏で母親と涙を流したそうだが、その後ビヨンセの計らいによりスピーチを改めて行った。カニエに対しては、テレビでの何度もの謝罪と、気にかけてくれる周りの人の温かさで、その後許したという 。

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により被災された方たちと日本に住む全ての人に向けてのメッセージということで MUSIC PEN CLUBにて「日本で被災された皆さんに、私の想いと祈りと愛をお送りします。」と語っている。

私生活
過去にジョナス・ブラザーズの次男ジョー・ジョナスや俳優のテイラー・ロートナーと交際していた。2010年には一時ジェイク・ジレンホールと交際報道があったが、すぐに破局。そのことについてテイラーは、「彼のためにこのことは歌詞にしない」と述べている。

2012年の8月には、ジョン・F・ケネディの甥にあたるコナー・ケネディと交際したが10月に破局。2012年12月頃から、ワン・ダイレクションのハリー・スタイルズと交際していたが約一ヶ月半という短い期間で破局してしまった。

歌手・女優のセレナ・ゴメスと一緒に出かけているところをよくパパラッチされている。2人はお互いに姉妹みたいと言っている。他にも女優のエマ・ストーンや歌手のケイティ・ペリー、マイリー・レイ・サイラスとは親友の仲であり、特に、マイリーサイラスとは、マイリーサイラスが主演を務めたディズニー映画「ハンナモンタナ ザ・ムービ-」では、ゲストとして参加した。パラモアのヘイリー・ウィリアムスと仲が良い。

金銭
2010年11月、アメリカの経済誌『フォーブス』が2009年6月1日から2010年6月1日までの1年間で『ハリウッドで最も稼いだ女性ランキング』を発表し、4600万ドル(日本円で約38億円)で9位にランクインした。

2011年4月、BANG Media Internationalによると、両親のためにテネシー州ナッシュヴィルに140万ドル(日本円で約1億1,190万円)の家を購入したという。この家は建物が1920年代のものでベッドルームが3部屋あり、敷地は約140坪でテラスには大きな外用の暖炉もあり、肌寒い時期でも外でゆったりとした時間が過ごせるようになっているという。テイラーの関係者は「とてもいい家で、テイラーもオフの時は両親に会いに行って泊まっています。両親が喜んでいるのがうれしいようですよ」とコメントしている。

2011年6月に『フォーブス誌』が発表した「最も稼いでいる30歳未満のセレブ」のランキングによると、4,500万ドル(日本円で約36億円)の5位。その後、2012年の同ランキングにおいて、5,700万ドル(1ドル=80円計算で約45億6,000万円)で首位となった。

2012年5月、RBBTODAYによると、故郷ナッシュヴィルにある「カントリー・ミュージック殿堂博物館」に400万ドル(約3億2000万円)を寄付した。

13にまつわるエピソード 
誕生日が12月13日

13を愛している。

初恋は13歳の時。
ライブや外出する際に手の甲に13と書く。


曲作りでのエピソード
実体験が元になっている歌が多い。

デビュー曲「Tim McGraw」は高校1年の時に作った歌で、上級生のボーイフレンドが卒業して遠くに行ってしまう際に、「2人でよく聴いたTim McGrawの歌を耳にしたら、私のことを少しでも思い出してほしい」という願いを込めたものである。

2ndアルバム「Fearless」からの大ヒットシングル「Love Story」は、両想いの彼と家族との間で揺れる彼女の切ない恋心を歌ったものである。この曲は映画「ロミオとジュリエット」からインスピレーションを得たという。

「Hey Stephen」は片思いであった実在の男性(Stephen)に対して気持ちを伝えるために製作した曲である。 この曲がリリースされた日、テイラーはその男性に対して「5番を聴いて」とSMSを送ったという(New York Timesインタビュー)。

また、「The Best Day」では母・アンドレアに捧げている。

「Forever&Always」は、たった27秒の電話でテイラーを一方的に振ったジョナス・ブラザーズのジョー・ジョナスへの曲である。

「Teardrops on my guitar」では高校1年生の時の失恋を歌っている。両想いだと思っていた彼(Drew)には恋人が存在し、彼がスウィフトを女友達としか見ていなかったと気付いた彼女の心境が綴られている。

3rdアルバムの「スピーク・ナウ」に収録されている曲では、「Back to December」はテイラー・ロートナーについて、「Dear John」はジョン・メイヤーについて、それぞれ書いた曲である。

4thアルバムの「Red」は、過去の大失恋をテーマにしているという。このアルバムの中には、ジェイク・ギレンホールについて書いた曲があるという。

なお、作詞・作曲には携帯電話を活用している。移動の車中、あるいは打ち合わせやパーティーの最中でも、詞や曲に使えそうな言葉・フレーズを思い付くと、その場で携帯電話にメモあるいは録音するようにしているため、怪訝な顔をされることもあるという。

ディスコグラフィー
スタジオ・アルバム
Taylor Swift(2006年)
Fearless(2008年)
Speak Now(2010年)
Red(2012年)

コンパクト盤 (EP)
Sounds of the Season: The Taylor Swift Holiday Collection(2007年)
Live from SoHo(2008年)
Beautiful Eyes(2008年)

ツアー
フィアレス・ツアー(2009〜2010)
スピーク・ナウ ワールドツアー(2011〜2012)

おもな出演作品
 2007 America's Got Talent − Episode:Season 2 Finale − ゲスト/本人 役 
 MTV's Once Upon a Prom(2008年)− 本人 役
 CSI:科学捜査班 - エピソード:“Turn,Turn,Turn”(シーズン9) − ヘイリー・ジョーンズ 役
 ジョナス・ブラザーズ:The 3D Concert(2009年) − カメオ出演
 「ハンナ・モンタナ/ザ・ムービー」 “Hannah Montana:The Movie”(2010年日本公開) − 本人 役
 Saturday Night Live − 司会進行/ミュージカルゲスト
 「バレンタインデー (2010年の映画)」 “Valentine's Day” − フェリシア 役
 テイラー・スウィフト: Journey to Fearless − 本人役
 Dancing with the Stars − 200回記念 エピソード − ゲスト
 Dancing with the Stars − Episode:Week 6 results − ゲスト
 ロラックスおじさんの秘密の種(2012年10月日本公開) − オードリー 役(声優)

受賞歴
CMT Music Awards - 「Breakthrough Video of The Year: Tim McGraw」受賞(2007年)
Country Music Association Awards - 「Horizon Award」受賞(2007年)
アメリカン・ミュージック・アワード - 「Favorite Female Country Artist」受賞(2008年)
Teen Choice Awards - 「Breakout Artist」受賞(2008年)
CMT Music Awards - 「Female Video of the Year: Our Song」、「Video of the Year: Our Song」受賞(2008年)
アカデミー・オブ・カントリーミュージック - 「Top New Female Vocalist」受賞(2008年)
MTV Video Music Awards - 「Best Female Video」受賞(2009年)
第52回グラミー賞 - アルバム賞、女性カントリー・ボーカル・パフォーマンス賞、最優秀カントリー・ソング賞、最優秀カントリー・アルバム賞
posted by kisebeauty at 18:58| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

美しすぎる名品ストラディバリウスの音色は優れた匠の技から生まれる!



イタリアの弦楽器製作者アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari、1644〜1737)が作った弦楽器の名品ストラディバリウス(Stradivarius)。

 その特別な音色の秘密として木材や接着剤、防虫剤としての鉱液、バイオリンの形状など、専門家の間でさまざまな議論がかわされてきたが、有力視されてきたのは表面の塗装に使われた「ニス」だった。

 しかしフランスとドイツの専門家チームが、4年にわたる研究の結果、ニスはごく普通のものだったと発表した。



 研究チームは、ストラディバリが約30年の間に作ったバイオリン4丁とビオラ1丁のニスを赤外線で分析した。その結果、ニスの材料として使われていたのは、18世紀の工芸家や芸術家の間で一般的だった油と松やにの2種類だけだったことが分かった。

 研究に参加したパリ(Paris)の音楽博物館(Museum of Music)のJean-Philippe Echard氏(化学工学)は「ニスが音色に影響を与えていると言えるだけの知見は得られなかった」と述べた

 琥珀(こはく)やハチが作り出す蜂ろうなどがニスに含まれているとの議論もあったが、それらの材料は一切検出できなかったという。さらに、松やにも豊かな色合いを出すために使われた可能性が高く、この他に見つかった赤い顔料も、見た目を変えるために使われたようだという。

 研究チームは「ストラディバリは特別な秘密の材料を使わなかったのかもしれない。弦楽器製作、特に木材の仕上げに秀でた工芸家だったのだろう」とし、ニスのレシピは非常にシンプルなものだったと結論づけている。





米国のバイオリニストが6日、自分がタクシーの中に置き忘れた400万ドル(約4億2000万円)のバイオリンを届けてくれたタクシー運転手のために、無料のコンサートを開いた。

 バイオリンを置き忘れたのは、ロシア生まれの米国人バイオリニスト、Philippe Quintさん(34)。テキサス(Texas)州ヒューストン(Houston)から航空機に乗り、ニュージャージー(New Jersey)州ニューアーク(Newark)の空港に到着後タクシーに乗り込んだが、その時、後部座席に名匠アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari)が1723年に制作したバイオリンの名器「Ex-Keisewetter」を置き忘れてしまったという。

 ところが、そのタクシーの運転手モハメド・カリル(Mohammed Khalil)さんがバイオリンをQuintさんに届けてくれた。Quintさんはその時に持ち合わせていた全財産だった現金100ドル(約1万円)をお礼として渡したが、感謝の気持ちを表すためそれ以上のことをしたいと考え、運転手のために30分間の無料コンサートを開催した。

 さらに、カリルさん一家を9月にニューヨーク(New York)のカーネギーホール(Carnegie Hall)で開かれるコンサートにも招待しているという。




18世紀イタリアの弦楽器製作者アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari)のバイオリンの名器「ストラディバリウス」の「ペニー」が4日、ニューヨーク(New York)の競売大手クリスティーズ(Christie's)で競売にかけられ、127万ドル(約1億3000万円)で落札された。

「ペニー」は所有者の英国のバイオリニスト、バーバラ・ペニー(Barbara Penny)さんにちなんで名付けられたが、前年ペニーさんが亡くなったため競売にかけられることになった。

★アントニオ・ストラディバリ(Antonio Stradivari、1644年 - 1737年12月18日)は、イタリア北西部のクレモナで活動した弦楽器製作者。

ニコロ・アマティに弦楽器製作を師事したストラディバリは、16世紀後半に登場したヴァイオリンの備える様式の完成に貢献した。同年代のヴァイオリン製作者にはジュゼッペ・グァルネリらがいる。

ストラディバリが製作したヴァイオリンは、約1,200挺あるといわれ、約600挺の存在が確認されている。またヴィオラやチェロを約50挺製作しており、いずれも弦楽器の代表的な名器として知られる。

彼の楽器には、ラテン語でAntonius Stradivarius Cremonensis Faciebat Anno [date](クレモナのアントニオ・ストラディバリ作、[製作年])という銘がある。

生涯

1644年に生まれたとされているが、正確な誕生月日は残されていない。アレサンドロ・ストラディバリ(Alessandro Stradivari)とアンナ(Anna née Moroni)の家庭に生まれた。1667年から1679年まで、ニコロ・アマティの工房で弟子として製作技術を学んだ。

1680年、クレモナのサン・ドメニコ広場(Piazza San Domenico)に工房を構え、楽器製作者としての名声は若き日より確立されていた。彼の独創性はアマティの様式の変更を通じて発揮された。ばらつきのあった木の厚みをより厳密に制御し、ヘッドスクロールの概念を確立し、音色を締めるためのニスはより色濃くなった。

ストラディバリは、ヴァイオリン以外では、ギター、ヴィオラ、チェロ、(少なくとも1台の)ハープを制作した。推定1,100挺の楽器が製作された。現存している楽器は約650挺である。

1737年12月18日イタリアのクレモナにて亡くなり、サン・ドメニコのバシリカに埋葬された。その教会は1868年に解体されており、それ以来、ストラディバリの遺骸は失われたままである。

ストラディバリウス






ストラディバリの製作した弦楽器には、18世紀の慣例に基づきラテン語にてAntonius Stradivarius Cremonenfisというラベルが貼られている。ここから、彼の製作した弦楽器はストラディバリウスあるいは省略してストラドと呼ばれる。

ストラディバリウスは、そのブランド的イメージからヴァイオリニストや収集家の羨望の的であり、現存する真作で最も評価の高い18世紀初頭の作品は、日本音楽財団が英国のオークションに出品し、2011年6月21日に1589万4000ドル(約12億7420万円)で落札された1721年製のストラディバリウス「レディ・ブラント」である。それまでは、オークションで約4億円で競り落とされたものが最高だった[2]。

ストラド・モデル

ベルリンの楽器博物館に展示されているストラディバリウス。1703年のもの。
ストラディバリのヴァイオリンの寸法などをコピーして製作されたヴァイオリンはストラド・モデルと呼ばれる。ストラド・モデルは、ヘッドスクロールやF字孔の形状などが主たる模倣の対象で、グァルネリ・デル・ジェスの模倣と並び、ヴァイオリンのデザインの古典となっている。これらストラド・モデルは、名前がつけられている特定の楽器の(傷や左右非対称といった)忠実な外的模倣から、現存するストラディバリウスの最大公約数に基づいたコピーまで多様である。

ストラディヴァリはその製作楽器の特徴から、三つの時期に分類できるとされる。このうち最後の時期においては、ヴァイオリンのボディ長の設計を約3mm拡大し355mm前後とした楽器(後にロングモデル、ロングストラドなどと呼ばれる)を主に製作している[3]。現代の寸法標準は、ストラドのロングモデルから形式的に取られており、世界中の作家がそれを守って制作している。

ストラディバリウスにまつわるエピソード

ストラディバリウスは、優れた楽器の代名詞として、さまざまなフィクションに登場する。

20世紀以降では輸送中のストラディバリウスが航空事故に巻き込まれ、人物や高価な美術品と同様に大きな話題となることがある。天才ヴァイオリニストと謳われたジネット・ヌヴーが死亡した墜落事故、そのヌヴーの師であるジャック・ティボーが来日途上に巻き込まれ死亡した墜落事故などで、それぞれの愛用の一挺が巻き込まれている。ティボーの楽器はその残骸すら発見されていない。




製作技術

1737年ストラディバリの死後、ストラディバリ・ファミリーの純然たる後継者はおらず、1745年、ほとんどの楽器職人がクレモナから逃避したことを機に、楽器製作の伝統は途切れた。その間のクレモナ市の参事会を構成する地元の貴族や有力者は、外国の王侯貴族の庇護で裕福になる楽器職人の存在を快く思わなかった。そのためストラディバリの死後、三男のパオロ・ストラディバリは父アントニオと二人の兄から相続した楽器の製作道具を「クレモナ市内で使用しないこと」を条件に売却した。

また、ストラディバリの時代のヴァイオリンはバロックヴァイオリンと呼ばれるものであり、主に室内楽に用いられた。市民革命後、王侯貴族の音楽である室内楽から、劇場における演奏会へと演奏形態が変化した。19世紀になって楽器製作の中心はパリに移り、より大きな華やかな音が出るヴァイオリンが求められ、ヴィヨームやルポーらによって、ネックの傾斜や指板の長さ・傾きとコマの高さのバランスが改造された。このような音楽のヴァイオリンに対する要請の変化の中で、最高峰の音色・音量を堅持して現在まで生き残っているのが、ストラディバリウスを頂点とするオールドイタリアンヴァイオリンである。

楽器そのものに対する科学的な研究や技術開発が進んだ現代の弦楽器製作者の木工技術は、ストラディバリの時代の木工製作技術より優れているという。

入手可能性

日本国内では、特定の老舗弦楽器商で仕入れられることがある。 他に、所有者からの譲り渡しで購入する場合、海外ではオークションにかけられる事が多い。

ストラディバリウスは、資産家や所有団体、関係団体から演奏家へ(期間限定あるいは終身の)貸与される場合がある。日本では、公益法人や企業の保有しているストラディバリウスが音楽家に貸与されている[7]。特に日本音楽財団は多くのストラディバリウスを保有し、内外の演奏家に無償貸与している。

ストラディバリウスと演奏家

ストラディバリウスやグァルネリウスを演奏するヴァイオリン奏者は、使用している楽器名を公開することが多い。

またストラディバリウスの名器は、その所有者や演奏者の来歴が明らかなことがある。 そのためストラディバリウスをはじめ著名な楽器には、辿ってきた軌跡に由来する二つ名(通称)が付いていることも多く、通称とあわせて公開されることもある。

日本人演奏家が使用するストラディバリウス



製作年

愛称

種別

使用者

自己所有/貸与団体

備考



1700年

ドラゴネッティ

Vl

南紫音

貸与:日本音楽財団

 貸与終了



1703年

ディクソン・ポインター

Vl

辻久子

自己所有

自宅を売却し、購入資金に充てた。



1707年

ステラ(Stella)

Vl

二村英仁

自己所有

オランダの貴族が所有していたもの



1714年

ドルフィン(Dolphin)

Vl

諏訪内晶子

貸与:日本音楽財団

ヤッシャ・ハイフェッツが所有していたもの。三大ストラディヴァリウスの一つ。アラード(1715年)は個人のコレクターが所有、メサイア(1716年)はイギリスのオックスフォードのアシュモリアン美術館に展示中。



1715年

エクス・ピエール・ローデ

Vl

五嶋龍

貸与:NPO法人イエロー・エンジェル

-



1715年

不明

Vl

川井郁子

貸与:大阪芸術大学

-



1722年

ジュピター エックスゴーディング

Vl

五嶋みどり、樫本大進

日本音楽財団

五嶋みどりへの貸与を経て、ベルリン・フィルコンサートマスターの樫本大進が使用。



1716年

デュランティ

Vl

千住真理子

自己所有

約300年間誰にも弾かれずに眠っていた。



1727年

レカミエ

Vl

庄司紗矢香

貸与:上野製薬(株)名誉会長

ミッシャ・エルマンが所有・使用していたもの。



1727年

不明

Vl

神尾真由子

貸与:サントリー(株)

ヨーゼフ・ヨアヒムが所有・使用していたもの。



1727年

不明

Vc

岩崎洸

不明

-



1736年

ルーシー(Roussy)

Vl

高嶋ちさ子

自己所有
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