2013年06月09日

ローランス ニコラがムッシュ・ディオールの時代を超越するエレガンス、タイムレスかつモダンなウォッチをPR



2013-14年秋冬パリコレクション期間中、ヴァンドーム広場で数々の老舗メゾンがジュエリー&ウォッチの発表会を開催しました。最近ヴァンドーム広場の店舗を拡張している「ディオール(Dior)」も、ムッシュ・ディオールから受け継いだ伝統と、最新の技術を融合した数々のウォッチを披露。世界のウォッチ愛好家からも注目される新作コレクションについて、アヴェニュー・モンテーニュにあるディオール本社で「ディオール ウォッチ」プレジデントのローランス・ニコラ(Laurence Nicolas)氏に話を聞きました。

■Laurence Nicolas says…

 現在ではさまざまなファッションメゾンがウォッチを扱うようになりましたが、オートクチュールメゾンのなかで最も早くウォッチを手がけたのは「ディオール」です。スイスのウォッチ工房と組み最初のウォッチを発表したのが1975年。2001年にスイスのラ・ショー・ド・フォンに自社工房を設立してからは“シフル ルージュ”や“ディオール クリスタル”“ディオールユィット”など数々のアイコニックなコレクションを世に送り出してきました。

 ムッシュ・ディオールの時代を超越するエレガンス、そしてオートクチュールメゾンとしてのDNAを受け継いだ社内のデザインチームが、スイスの優秀な時計職人たちとタッグを組むことによって、タイムレスかつモダンなウォッチが生まれるのです。

 また「ディオール」では長年にわたり、数多くのウォッチ製造に関する特許をとってきました。現在では、我々のグループ企業にその特許の使用を許可しています。これは私たちにとって大きな誇りであり、またいかに「ディオール」がウォッチに対して熱心に取り組んできたかをご理解いただけると思います。

 生活の多くのシーンで身につけられるよう、ウォッチの価格帯は、3000(約40万円)〜2億ユーロ(約262億円)までとさまざま。特に近年、最高級ラインである「オートオルロジュリー(高級機械式時計)」に力を入れています。

 今回、ヴァンドーム広場で披露したウォッチは、ムッシュ・ディオールが愛した自然や色使いからインスパイアされたデザインが特徴。フェザーやダイヤモンドなどをあしらい、職人たちがハンドメイドで仕上げています。メゾンのスピリットを詰め込んだ限定ウォッチは、世界各国の限定店舗で展開される予定です。



■プロフィール
ローランス ニコラ/Laurence Nicolas
フランス北部ランスのビジネススクールを卒業後、「クーパース&ライブランド」で会計士としてのキャリアをスタート。その後「カルティエ」でセールスとマーケティングを担当。2001年「クリスチャン ディオール」のファインジュエリー部門に。08年2月に「ディオール ウォッチ」のプレジデントに就任。









posted by kisebeauty at 23:51| Comment(0) | アクセサリー・装飾品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月15日

ジーナ・ロロブリジーダさん(85)が所有する真珠のイヤリングが14日、スイス、ジュネーブのサザビーズで競売に掛けられ、真珠のイヤリングとして過去最高値となる239万ドル(約2億4000万円)で落札



イタリアの往年の女優ジーナ・ロロブリジーダ(Gina Lollobrigida)さん(85)が所有する真珠のイヤリングが14日、スイス、ジュネーブ(Geneva)のサザビーズ(Sotheby's)で競売に掛けられ、真珠のイヤリングとして過去最高値となる239万ドル(約2億4000万円)で落札された。

 予想落札価格の倍以上の値がつき、故エリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)さんの真珠のイヤリングが2011年につけた過去最高記録を更新した。

 1950年代から60年代にかけて人気を博した映画スターのロロブリジーダさんは、イタリアの高級宝飾ブランド、ブルガリ(Bulgari)が作ったコレクションを競売にかけた。売上の一部は幹細胞研究に寄付されるという。

 ロロブリジーダさんは、「私の宝石を売ることで、多くの疾患を治療することのできる幹細胞治療への関心が高まるなら、それは最高の使い方だと思う」と語った。

 サザビーズによると、コレクション全体の落札価格は総額500万ドル(約5億1000万円)近くに上ったという。

 映画『美女の中の美女(The World's Most Beautiful Woman)』(1955)や『九月になれば(Come September)』(1961)などの出演で知られるロロブリジーダさんは今年3月、彫刻に身を捧げたいと述べ、「彫刻家に宝飾品は不要」と語っていた。

★ジーナ・ロロブリジーダ(Gina Lollobrigida、本名:ルイジーナ・ロロブリジーダ、1927年7月4日 - )は、イタリアの女優、フォト・ジャーナリスト。
ジーナ・ロロブリジーダGina Lollobrigida

ジーナロロブリジータ.jpg

本名 Luigina Lollobrigida
生年月日 1927年7月4日(85歳)
出生地 スビアーコ
国籍 イタリア
職業 女優
配偶者 Milko Skofic (1949-1971)
主な作品
映画『夜ごとの美女』『パンと恋と夢』『悪魔をやっつけろ』『空中ぶらんこ』『掟』
プロフィール
イタリアのスビアーコ出身。1947年にミス・イタリアの3位に入賞したことをきっかけに芸能界入りする。1953年に『悪魔をやっつけろ』でハリウッドデビューし、世界的な人気を博した。1990年代に入り、女優としての活動は縮小している。来日もしている。

2013年2月、オーストリアのウィーンで開催された「Opernball 2013」に、ハリウッド女優のミラ・ソルヴィーノらと共に姿を見せ、健在ぶりを示している。
GinaLollobrigida.jpg

主な出演作品
白い国境線 Cuori senza frontiere (1950年)
街は自衛する La città si difende (1951年)
花咲ける騎士道 Fanfan la Tulipe (1952年)
懐かしの日々 Altri tempi (1952年)
夜ごとの美女 Les belles de nuit (1952年)
パンと恋と夢 Pane, amore e fantasia (1953年)
悪魔をやっつけろ Beat the Devil (1953年)
外人部隊 Le grand jeu (1954年)
剣侠と美女 Crossed Swords (1954年)
ローマの女 La romana (1954年)
パンと恋と嫉妬 Pane, amore e gelosia (1954年)
美女の中の美女 La donna più bella del mondo (1955年)
空中ぶらんこ Trapeze (1956年)
ノートルダムのせむし男 Notre-Dame de Paris (1956年)
恋はすばやく Anna di Brooklyn (1958年)
掟 La legge (1959年)
ソロモンとシバの女王 Solomon and Sheba (1959年)
戦雲 Never So Few (1959年)
蒼い渚 Go Naked in the World (1961年)
九月になれば Come September (1961年)
皇帝のビーナス Venere imperiale (1962年)
波止場 Mare matto (1963年)
わらの女 Woman of Straw (1964年)
バンボーレ Le bambole (1965年)
お熱い出来事 Strange Bedfellows (1965年)
ホテル・パラディソ Hotel Paradiso (1966年)
セルバンテス Cervantes (1968年)
殺しを呼ぶ卵 La morte ha fatto l'uovo (1968年)
想い出よ、今晩は! Buona Sera, Mrs. Campbell (1968年)
スタントマン Stuntman (1969年)
さらば恋の日 Un bellissimo novembre (1969年)
無頼プロフェッショナル Bad Man's River (1971年)
ピノッキオの冒険 Le avventure di Pinocchio (1972年)
ラブ・ボート The Love Boat (1986年)
ローマの女 La romana (1988年)
百一夜 Les cent et une nuits (1995年)

日本のテレビ番組出演
スター千一夜(フジテレビ、1964年3月3日・1965年12月11日)
小川宏ショー(フジテレビ、1974年5月1日)

主なノミネート・受賞・叙勲歴
米国ゴールデングローブ賞主演女優賞<ミュージカル・コメディー部門>ノミネート - 『想い出よ、今晩は!』
ベルリン国際映画祭特別功労賞(ベルリナーレ・カメラ賞)受賞
フランス芸術文化勲章
イタリア共和国功労勲章グランデ・ウッフィチャーレ
レジオンドヌール勲章
posted by kisebeauty at 21:44| Comment(0) | アクセサリー・装飾品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月19日

ヴィクトリアズ・シークレットの「エンジェル」アレッサンドラ・アンブロジオが250万ドル(約1億9900万円)のブラを笑顔で豪華ブラを紹介



米ランジェリーブランドのヴィクトリアズ・シークレット(Victoria's Secret)は18日、米宝飾店ロンドン・ジュエラーズ(London Jewelers)がデザインした新作ブラジャー「フローラル・ファンタジー・ブラ(Floral Fantasy Bra)」を公開した。宝石がちりばめられた豪華ブラのお値段は、250万ドル(約1億9900万円)相当という。

ニューヨーク(New York)のヘラルドスクエア(Herald Square)で開かれた発表イベントには、今年の「エンジェル」(広告モデル)であるアレッサンドラ・アンブロジオ(Alessandra Ambrosio)さんが登場。笑顔で豪華ブラを紹介したほか、ブラと同デザインの50万ドル(約4000万円)相当の新作香水「ボムシェル・ファンタジー・フラグランス(Bombshell Fantasy Fragrance)」もお披露目した。
posted by kisebeauty at 20:20| Comment(0) | アクセサリー・装飾品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月22日

米高級ジュエラー「ティファニー(Tiffany & Co.)」が今年、創立175周年 世界最大級のファンシー イエロー ダイヤモンド「ティファニー ダイヤモンド」ネックレスが披露される



世界中の女性に愛される米高級ジュエラー「ティファニー(Tiffany & Co.)」が今年、創立175周年を迎えた。これを記念して16日、都内でアニバーサリーパーティ「LEGENDARY FOR 175YEARS」が開かれ、世界最大級のファンシー イエロー ダイヤモンド「ティファニー ダイヤモンド」をセッティングしたネックレスが披露された。

■ジュエリーで辿る175年の歴史

 会場では、128.54カラットの「ティファニー ダイヤモンド」ネックレスをはじめ、ティファニーが所蔵する55点のアーカイブ作品や現代のハイジュエリーを一堂に公開。1889年のパリ万博で話題を呼んだ「オーキッド ブローチ」や、20世紀初頭に米国の名家ウェード家が注文したガーランド スタイルのネックレス、1965年にエリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)が夫リチャード・バートン(Richard Burton)から贈られたブローチなど、どれも各時代のスタイルを象徴する貴重な作品ばかりだ。

■ティファニーで輝く女優たち



 ティファニー ブルーに染まった会場には、女優の上戸彩(Aya Ueto)や檀れい(Rei Dan)、萬田久子(Hisako Manda)、モデルのSHIHOをはじめとしたセレブリティや ファッション関係者が続々と来場。上戸は、計29.14カラットのダイヤが輝くフローラル ネックレスや、ハートシェイプのイエローダイヤモンドが可愛らしいリングなど、総額約1億円の「ティファニー」ジュエリーを着用し、注目を集めた。
 
■銀座本店で一般公開

 また、東京・銀座のティファニー本店3階では、今回のパーティで披露された「ティファニー ダイヤモンド」とアーカイブ作品を一般公開中。ニューヨーク本店をほとんど離れることのない貴重なジュエリーの数々を目にするまたとない機会なので、お見逃しなく。会期は5月19日から5月27日まで。

【イベント情報】
会場:ティファニー銀座本店 3階ラウンジ
日時:5月19日〜27日 11時〜20時

★ティファニー(英称:Tiffany & Co.)は、世界的に有名な宝飾品および銀製品のブランドである。

1837年9月18日にアメリカで創業され、今日では、ロンドン・ローマ・シドニー・東京など世界20カ国にブランドショップを持っている。

日本では、クリスマスやホワイトデーの贈り物としてオープンハートのペンダントが人気である。

歴史

1837年9月18日にチャールズ・ルイス・ティファニーとジョン・B・ヤングの二人は、ティファニーの前身であるティファニー・アンド・ヤングという会社を設立した。

一番初めの店はニューヨークのブロードウェイ259番地におかれた。この店は当時一般的な時価でなく、「各商品に値札をつけ値引き交渉に応じない」という当時としては革命的なポリシーを貫いており、文房具や装飾品などを扱っていた。

1848年フランスでの二月革命発生に伴い、貴族から重要な宝石を買い入れ、宝石事業に進出した。この事業が大成功し、アメリカ第一の宝石商という現在の地位に繋がる。

1851年にニューヨークの銀細工師、ジョン・C・ムーアの事業を買収し銀製品製造を開始。アメリカ企業としては初めてスターリングシルバー基準を適用した。

1853年、チャールズ・ルイス・ティファニーは会社の全権を握り、社名を今の、Tiffany & Co.に改称した。そして本店の入り口にはギリシャ神話の巨人、アトラスに支えられた大時計が設置された。ティファニーブルーと呼ばれるカンパニーカラーを初めて使用する。

1877年に南アフリカのキンバリーで発見された287.42カラットのイエロー・ダイヤモンドの原石を1878年18000ドルで購入、Dr.ジョージ・フレデリック・クンツにカットさせた。このダイヤは128.54カラットの有名な「ティファニー・ダイヤモンド」として本店に展示されている。

1886年ダイヤモンドが最も美しく輝くセッティングとしてティファニーセッティングをデザイン。ラウンドブリリアントカットのダイヤモンドを6本の細い爪で支える立て爪のセッティングで、これは現在のエンゲージメントリングなどで主流とされている代表的なセッティングである。

1967年にタンザニアで発見された青色のゾイサイトをタンザナイトと名付け売り出した。タンザナイトの産出は年々減少している。

本店は1940年にニューヨークの五番街・57丁目に移転した。この店はオードリー・ヘップバーンが主演した映画『ティファニーで朝食を』のおかげで観光名所の一つとなっている。

ブティック

バブル期には、後に経営破綻(はたん)した日本の不動産会社・第一不動産(エフ・アール・イー)が同本店ビルを買収したことでも話題になった。

ティファニーは幅広い品質と価格帯の商品を取り扱っており、そのことでショッピングに夢を与えている。例えば、ティファニーは赤ちゃんや少女向けのギフトといった商品もラインナップしているので、13歳の誕生日にティファニーの銀のペンダントを手に入れた少女が、18歳の誕生日にはもう少し上のランクのエンゲージリングを手に入れるということが可能なのである。映画『ティファニーで朝食を』の中でもヘップバーンが10ドルの品物を買うシーンがあり、老店員の粋な応対が見ものである。

歴代デザイナー
フランク・ゲーリー
エドワード・C・ムーア
エルサ・ペレッティ
パロマ・ピカソ
ジーン・シュランバーゼー

ティファニー・ブルー

ティファニーのカンパニーカラーは1837年から使用されているティファニー・ブルー(TIFFANY BLUE/TIFFANY BLUE BOX)であり、商標登録されている。

スポーツ大会への寄与

2006年3月に第1回大会が行われたワールド・ベースボール・クラシックの優勝チームに渡された純銀製の優勝トロフィーは同社が製作したものである。また、日本プロ野球のセントラル・リーグ優勝トロフィーや、サッカーナビスコカップの優勝トロフィーも同社製作のものである。また本社を置くニューヨーク市の野球チーム、ニューヨークヤンキースのロゴタイプをデザインしたのも同社である。

マラソン大会への協賛も行っており、サンフランシスコで行われる「ナイキウィメンズマラソン」や、2012年より名古屋市で開催予定の「名古屋ウィメンズマラソン」といった大会に完走賞を提供している。

関連項目
ルイス・カムフォート・ティファニー - 創設者の息子で宝飾デザイナー、ガラス工芸家。
ティファニーで朝食を
タンザナイト
ツァボライト
ニューヨーク・ヤンキース - ティファニーがロゴタイプを製作。
ベルモントステークス - 優勝トロフィーをデザイン。
トラヴァーズステークス - 優勝トロフィーをデザイン。
三越 - ティファニーに出資しており、日本での販売網は三越中心に築かれた。
徳仁親王
CBS - かつてティファニーの本社前に局舎を構えていた。
posted by kisebeauty at 23:32| Comment(0) | アクセサリー・装飾品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月18日

故エリザベス・テイラーさんが愛用した16世紀から伝わる真珠のネックレスがクリスティーズで競売にかけられ1184万ドル(約9億2000万円)で落札!



故エリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)さんが愛用した宝石類が13日、ニューヨーク(New York)の競売大手クリスティーズ(Christie's)で競売にかけられ、16世紀から伝わる真珠のネックレスが1184万ドル(約9億2000万円)で落札された。

「ラ・ペレグリーナ(La Peregrina)」と呼ばれるこの真珠は、16世紀にパナマ(Panama)湾で発見され、スペインのフェリペ2世が所有。以後、スペイン王家に伝わり、17世紀にベラスケス(Velazquez)が描いた王女の肖像画にも登場している。

 その後、ジョゼフ・ボナパルト(Joseph Bonaparte)が短期間スペインを統治した間にフランスに渡ったが、1969年、オークションに出品され、テイラーさんの当時の夫だった俳優リチャード・バートン(Richard Burton)さんが3万7000ドル(約290万円)で落札した。

 カルティエ(Cartier)のネックレスにあしらわれ、予想落札額は200〜300万ドル(約1億6000万〜2億3000万円)だったが、激しい競り合いとなり、値が急騰。真珠の宝石としては、オークション史上最高額となった。

 その他にも、ブルガリ(Bulgari)のエメラルドとダイヤモンドのネックレスは610万ドル(約4億8000万円)、それに合うブローチは660万ドル(約5億2000万円)、イヤリングは320万ドル(約2億5000万円)の値を付けた。


故エリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)さんが愛用したジュエリーやドレスなどが3日、オークションへの出品を前にニューヨーク(New York)で一般公開される。オークションは13〜16日に、同地のクリスティーズ(Christie's)で行われる。

 7人の男性と結婚し華々しい生活を送ったテイラーさんは、ジュエリーに並々ならぬ情熱を注いでいた。

 これらのコレクションは各地で公開されてきたが、ニューヨークが最後の場所となる。そして最後の公開で初めて、コレクションのすべてがそろう。

 オークションには、バッグやドレスなども含む約1000点が出品され、落札総額は3000〜5000万ドル(約23〜39億円)になるとみられている。

 注目は、2度結婚したリチャード・バートン(Richard Burton)氏から1968年に贈られた33.19カラットの「エリザベス・テイラー・ダイヤモンド(Elizabeth Taylor Diamond)」だ。予想落札額は250〜350万ドル(約2億〜2億7000万円)。バートンは「ラ・ペレグリーナ(La Peregrina)」と呼ばれる16世紀の真珠も贈っており、こちらも200〜300万ドル(約1億6000万〜2億3000万円)での落札が予想されている。

 ドレスではシャネル(Chanel)、クリスチャン ディオール(Christian Dior)、ジバンシイ(Givenchy)、ヴァレンティノ(Valentino)、ヴェルサーチ(Versace)、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)などのオートクチュールドレスが出品される。テイラーがバートン氏との最初の結婚式で着用したドレスは4〜6万ドル(約310〜470万円)の値を付けるとみられている。


50年にわたるハリウッド(Hollywood)での活躍同様、華やかだが波乱に満ちた恋愛遍歴でも知られた米女優エリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)さんが23日、米ロサンゼルス(Los Angeles)市内の病院で死去した。79歳だった。

 テイラーさんは数年前から体調を崩しており、2月にうっ血性心不全でロサンゼルスのシダーズ・サイナイ医療センター(Cedars-Sinai Medical Center)に入院していた。

 息子のマイケル・ワイルディング(Michael Wilding)さんによれば、テイラーさんは子どもたちに囲まれ息を引きとったという。「母は素晴らしい女性で、偉大な情熱と愛情とユーモアで精一杯生きた」とマイケルさんはコメントした。

 ハリウッドの黄金期を代表するテイラーさんは、1960年の『バタフィールド8(Butterfield 8 )』と1966年の『バージニア・ウルフなんかこわくない(Who's Afraid of Virginia Woolf?)』で2度のアカデミー賞主演女優賞を獲得している。

■子役からトップスターへ

 1932年2月27日、英ロンドン(London)で生まれ、39年に両親とともにカリフォルニア(California)州に移住。父親の画廊でユニバーサル・スタジオ(Universal Studios)会長の婚約者に見出されたことをきっかけに女優の道に進んだ。

 42年に『There's One Born Every Minute』でデビュー。44年の『緑園の天使(National Velvet)』で、少年になりすまし障害競馬のグランド・ナショナル(Grand National)で優勝する少女を演じ、子役スターとしての地位を確立した。

 ジェームス・ディーン(James Dean)、ロック・ハドソン(Rock Hudson)と共演した56年の『ジャイアンツ(Giant)』では高い評価を受け、58年の『熱いトタン屋根の猫(Cat on a Hot Tin Roof)』ではポール・ニューマン(Paul Newman)と共演。59年の『去年の夏 突然に(Suddenly Last Summer)』には、キャサリン・ヘプバーン(Katharine Hepburn)、モンゴメリー・クリフト(Montgomery Clift)とともに出演した。

 そして60年に初のオスカーを獲得。62年には『クレオパトラ(Cleopatra)』に主演。当時としてはハリウッド史上最高額の製作費をかけた同作についてテイラーさんは、「エンターテイメント史上最も奇抜な作品」と語っている。

■恋多き女優

 私生活では8度の結婚を重ねた。最初の結婚は1950年、18歳のときだった。相手はホテル王の息子コンラッド・ヒルトン・ジュニア(Conrad Hilton Jr.)さん。華やかな結婚式を挙げ3か月間の新婚旅行へ行ったが、2人の結婚生活は203日間で幕を閉じた。

 次に19歳年上の英俳優マイケル・ワイルディング(Michael Wilding)と52年に結婚し、2人の息子をもうけた。ワイルディングといると落ち着けると語ったテイラーさんだったが、56年に離婚を申請。別居後まもなくプロデューサーのマイケル・トッド(Michael Todd)にプロポーズされた。
 
 堂々とした態度のトッドは、テイラーさんが初めて深く愛した相手だった。57年8月に娘が生まれたが、7か月後トッドはニューメキシコ(New Mexico)州の飛行機事故で命を落とした。その葬儀で落ち込んだテイラーさんの隣にいたのがトッドの親友でもあった歌手のエディ・フィッシャー(Eddie Fisher)だった。

 2人は59年に結婚するが、テイラーさんは『クレオパトラ』で共演した当時既婚者だったリチャード・バートン(Richard Burton)と恋に落ちた。2人は互いの離婚後、1964年3月に結婚。その頃には『バージニア・ウルフなんかこわくない』で共演していたが、結婚生活の崩壊を描いた同作のストーリーをまねるかのように74年6月、2人は離婚した。翌年10月に再婚したが、76年8月に再び離婚している。

 その後のテイラーさんはアルコールに溺れ、女優としての活動も下降線をたどった。バージニア(Virginia)州の上院議員ジョン・ワーナー(John Warner)氏と76年から82年まで結婚生活を送ったが、テイラーさんの悲しみが癒されることはなかった。

 80年代には入退院を繰り返すが、アルコールと鎮痛剤への依存症を克服し、エイズ患者のための活動に力を入れるようになった。
 
 91年にはリハビリ施設で出会った40歳の建設作業員と結婚して世界を驚かせたが、3年後、円満に離婚している。

 テイラーさんには子どもたちのほか、孫が10人、ひ孫が4人いる。(c)AFP

posted by kisebeauty at 23:01| Comment(0) | アクセサリー・装飾品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする