2012年09月14日

グレース・ケリー(Grace Kelly)が交通事故で非業の死を遂げてから、14日で30年を迎え、モナコではその死を悼む回顧展「グレース:シンボル・オブ・チェンジ(Grace, a Symbol of Change)」が開催


写真は、ハリウッド女優時代のグレース・ケリー(1950年代撮影)

米ハリウッド女優からモナコ大公妃へと華麗な転身を見せたグレース・ケリー(Grace Kelly)が交通事故で非業の死を遂げてから、14日で30年を迎える。

人気女優として映画『モガンボ(Mogambo)』(1953)では俳優クラーク・ゲーブル(Clark Gable)と共演し、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)監督の『裏窓(Rear Window)』(1954)、『ダイヤルMを廻せ(Dial M for Murder)』(同)、『泥棒成金(To Catch a Thief)』(1955)などで次々ヒロインをつとめたグレース・ケリーは、1956年にモナコのレーニエ3世公(Prince Rainier III)と結婚し、グレース公妃(Princess Grace)となった。

だが1982年9月13日、グレース公妃はモナコ郊外ラ・トゥルビー(La Turbie)を車で走行中、事故に遭い、翌日帰らぬ人となった。富裕層の保養地モナコのイメージを確立したシンボルとして現在も深く愛されており、モナコではその死を悼む回顧展「グレース:シンボル・オブ・チェンジ(Grace, a Symbol of Change)」が開催されている。

★グレース・パトリシア・ケリー(Grace Patricia Kelly、1929年11月12日-1982年9月14日)は、モナコ公国レーニエ3世大公妃、アメリカ合衆国の元女優。

同時代の女優マリリン・モンローの明るさとセクシーさを前面に出した美貌とは対照的に、グレースの気品を湛えた美貌は「クール・ビューティー」(cool beauty)と賛美された。人気絶頂の最中、ヨーロッパの王族と結婚し女優業から引退した。

生涯
生い立ち
1929年、ペンシルベニア州フィラデルフィアのアイルランド系カトリックの裕福な家に生まれた。父:ジョン・ブレンダン・ケリーは貧困層出身であったが、一代で建築業をもって成功した億万長者でオリンピックボート競技金メダル選手。母:マーガレットはドイツ系で元モデルであり大学講師だった。父方の伯父は、劇作家:ジョージ・ケリー
少女時代はおとなしく、赤い頬の人前に姿を現すのが苦手な子供で、3人姉妹の中でも真ん中のグレースが一番不器用であったという。その一方、ダンスやピアノを学び、やがて演技に興味を示すようになる。
女優時代
グレース・ケリー
没年月日 1982年
国籍 アメリカ合衆国
活動期間 1950年 - 1956年

受賞
アカデミー賞
主演女優賞1955年『喝采』
ゴールデングローブ賞
主演女優賞 (ドラマ部門)1955年『喝采』助演女優賞1954年『モガンボ』世界で最も好かれた女優『泥棒成金』




アカデミー授賞式 1956年
ハイスクール卒業後、家族の反対を押し切り女優を志す。ニューヨークでモデルのアルバイトをしながら演技を学び、1949年に舞台『父』でブロードウェイデビューした。グレース自身は舞台女優を目指していたが、その後、舞台の出演中にハリウッドから誘いがかかり、1951年、22歳で映画に出演しデビュー(『Fourteen Hours』)。この作品を見たスタンリー・クレイマー監督が『真昼の決闘』でゲイリー・クーパーの相手役に抜擢した。映画監督アルフレッド・ヒッチコックのお気に入り女優で『ダイヤルMを廻せ!』『裏窓』『泥棒成金』などの作品でヒロインをつとめている。

1954年に『モガンボ』でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、1955年には俳優ビング・クロスビーの妻役でシリアスな演技を見せた『喝采』でアカデミー主演女優賞を受賞。

非常に恋多き女性として有名で、ゲイリー・クーパー、クラーク・ゲーブル、レイ・ミランド、ビング・クロスビー、ウィリアム・ホールデン、オレグ・カッシーニ、ジャン=ピエール・オーモンなどの男性と浮名を流した。父親が彼女に冷淡な癖に、異性との交際には異常なほどうるさかったことも、背景にある。

結婚・公妃として
カンヌ国際映画祭で知り合ったモナコ大公レーニエ3世(在位1949年 - 2005年)と結婚。公妃となるため女優業を引退、1956年のミュージカル映画『上流社会』が最後の作品となった。なお、1966年の麻薬撲滅キャンペーン映画『悪のシンフォニー』にはグレース妃として特別出演している。挙式は、カトリックの伝統に沿い、グレースの出身地であるアメリカで行われることも検討されたが、最終的にはモナコで行われることになった。

1956年1月6日、婚約を発表。同年4月18日、モナコ大公宮殿にて法的な結婚式が行われた(The Civil Wedding)。翌4月19日、モナコ大聖堂(サン・ニコラ大聖堂)にて、カトリック式の挙式が行われた(The Cathedral Wedding)。これらの模様は、ヨーロッパ諸国で生中継された。女優から公妃へ、グレースの華麗な転身は世界中で人気を集め、モナコのイメージアップに多大に貢献した。


1981年
1981年(昭和56年)、来日して神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア'81)や京都を訪れて、有馬温泉の老舗旅館に宿泊した。
1982年9月13日、自らハンドルを握りローバー3500を運転して南仏のロックアジェルの別荘からモナコに戻る途中に脳梗塞を発症。そのまま急カーブの坂道でガードレールに激突し、道路横の崖を40メートルほど転落して自動車は大破した。事故後すぐに病院へ搬送されたが意識が回復しないまま翌日に死亡(52歳)。この事故死を受けてモンテ・カルロでは1日全てのカジノの営業を中止して喪に服した。
同乗していた次女のステファニー公女(当時17歳)は軽傷であり、9月26日[1]に退院した。現地報道では、一時情報が錯綜し、ステファニー公女が運転していたとも報道された[2]。真相は不明のままである。
9月18日、モナコ大聖堂にて葬儀が行われ、各国の王族・要人の他、フランク・シナトラらハリウッド俳優も参列した。
子女
レーニエ3世との間には、一男二女がある。
カロリーヌ・ルイーズ・マルグリット(1957年-) - ハノーヴァー王子エルンスト・アウグスト5世妃
アルベール・アレクサンドル・ルイ・ピエール(1958年-) - モナコ大公アルベール2世
ステファニー・マリー・エリザベート(1965年-)
逸話


バラ「プランセス・ド・モナコ」(1982年)メイヤン作。彼女に献呈されることになっていたバラ(発表前に他界)。ピンクと白の2色は、モナコの国旗をイメージしている。

1957年に長女の妊娠をマスコミに悟られないようエルメス社のバッグ「サック・ア・クロワ」でカメラから腹部を隠した。この事でバッグが有名になり、商品は「ケリーバッグ」と改名された。
ポール・ギャリコの小説『トンデモネズミ大活躍』に献辞があるが、これは、彼女が初めて作った陶製のネズミの置物を題材にした作品の執筆をギャリコに依頼しており、それを受けたもの。

日本文化を愛好し(特に華道をはじめ植物に関するもの)、モナコに日本庭園を造営することを希望していた。死後、レーニエ3世の指示によって、別府保男設計による本格的な日本庭園がつくられた。1994年に開園。庭園内の茶室「雅園」は、フランス語訳すると"Jardin de Grace"すなわち"グレースの庭"の意となる。
出演作品
公開年 邦題原題 役名 備考
1951 Fourteen Hours ルイーズ・アン・フラー 日本未公開
1952 真昼の決闘High Noon エイミー・フォーラー・ケイン
1953 モガンボMogambo リンダ・ノードリィ ゴールデングローブ賞 助演女優賞受賞アカデミー助演女優賞ノミネート
1954 ダイヤルMを廻せ!Dial M for Murder マーゴット・メアリー・ウェンディス
裏窓Rear Window リサ・キャロル・フレモント
喝采The Country Girl ジョージー・エルジン アカデミー主演女優賞受賞ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門)受賞
緑の火・エメラルドGreen Fire キャサリン・ノーランド
トコリの橋The Bridges at Toko-Ri ナンシー・ブルーベイカー
1955 泥棒成金To Catch a Thief フランセス・スティーブンス
1956 白鳥The Swan アレクサンドラ姫
上流社会High Society トレイシー・サマンサ・ロード
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2012年08月12日

【写真特集】美しすぎるチアリーダーたちロンドン五輪を大いに盛り上げる



写真はビーチバレー女子の試合に登場したチアリーダーたち
ロンドン五輪会場でカメラがとらえた笑顔の印象的な女性たち。

★チアリーダーとは、スポーツ(アメリカンフットボールなど)における応援チームのことである。
概要

日本では一般的にチアガール、男性の場合はチアマンとも言われているが、これらは両者ともに和製英語である(cheer girl・boyという単語そのものは存在するが、スポーツ競技の応援に携わるものという一般的な意味では英語圏では用いられない)。

元々応援団はアメリカ合衆国で凱旋将軍の帰還のさいにそれを歓迎する意味で応援団風にまとめたという説、あるいは大学のスポーツチームの応援に際してのリーダー的な人物がいて、それで応援の統率するという説など起源には様々な憶測が挙げられているが、一般的には女性の応援チームのことを指している。

ポンポン(スズランテープを束状にしたもの)を両手にかざし軽やかな音楽に合わせたダンスやパフォーマンスを繰り広げる。ポンポンの取っ手には大きく、バトン、スティックといった棒タイプのものや、手首や指にはめて外れないようにしているタイプのものもある。

衣装はトレーナータイプのユニフォームにプリーツタイプのミニスカートを着用するのが一般的とされている。ミニスカートの下にアンダースコート(アンスコ)、コスチュームパンツ(コスパン)、ブルマーを着用する者、タイツかパンティストッキングを履いてからアンスコ、コスパン、ブルマーを着用してソックスと運動靴を履く者など様々である。近年はスポーツ競技化に合わせて、スパッツを履いた上にミニスカートという姿も多くなっている。

一般にアメリカ合衆国の学校においては、チアリーダーの女子生徒らはちょうどジョックの女子版(クイーン・ビー)に相当し、生徒らの中の典型的な「人気者集団」を形成することがしばしばである。大衆文化においても「人気者(ポピュラー)な女子学生」の典型として描かれやすい。いわば「花形」であるため競争も非常に激しく、チアリーダーになるための英才教育を子供の頃から施されるという女児も多い。あるチアリーダー候補の女児の母親が、娘をチアリーダーにしたい一心で競争相手の女児を殺害しようとしたという事件もあった。

派生した関連競技・種目

チアリーディング

前述のように、本来は応援・応援指揮をするチームのことで、チアリーダーが行なうアクションのことをチアリーディングと呼んでいたが、現在においては、チアリーダーが行なう応援形態から派生したスポーツ競技を「チアリーディング」と呼ぶことが多い。近年はこのチアリーディングの技術を競い合うスポーツ競技としてのコンクールも盛んに行われており、年々競技志向の傾向が強まってきている。

また、チアリーディングの中のアクロバティックに組み体操をする競技のみを差してチアリーディングと称する場合もある。

男女混合のチアリーディングチームはco-ed(コエド)と呼ばれる(日本文理大学チアリーディング部や、M☆Splash!!のジュニアチーム「Mini☆Splash!!」などに存在する)。

チアダンス

チアリーディングから派生したスポーツ競技である。アメリカでは「Pom Dance(ポンダンス ポンポンとダンスを組み合わせた造語)」とも呼ばれる。これはチアリーディングのうち、踊りの部分に特化したもので、競技会の場合は2分30秒の競技時間が設定されており、ポンポンダンス、ラインダンス、ジャズダンス、ヒップホップの4種類を取り入れ、その表現力や完成度を審査する。近年は、競技人口の増加とともに、年齢の幅も広がり、シニアを対象とした指導などを行う、日本シニアチア協会がある。

ソングリーダー
ソングリーダーとはチアとほとんど同じだが、チアのスタンツが無い物をソングリーダーという。

その他

日本におけるチアリーダーは、当初はアメリカのカレッジスポーツやアメリカンフットボールの応援シーンからの見よう見まねの模倣から入ってきたもので、女性がミニスカートを履いて応援に参加するものは、バトントワリングチームも含めて総称としてチアガールと呼んでいた時期があったが、バトントワリングチームとチアリーダーチームは全く性質が異なる別なものである。

日本のチアリーディング

日本では日本チアリーディング協会主催の大会が有名である。

大学チームでは日本文理大学チアリーディング部BRAVESが2005年以来全国大会14連覇を達成していたが、2010年に同チームが参加費を期限までに支払わなかったために連覇がストップするという椿事があった。
 なお、前述のとおり日本で数少ない男女混合チームとしても有名である。他に関西の強豪校梅花女子大学RAIDARSや関東の伝統校日本体育大学VORTEX・日本女子体育大学TOMBOYSチアリーディング部などが有名である。

高校チームではチアリーディング日本選手権大会(JAPAN CUP)で9連覇を達成したこともある箕面自由学園高等学校チアリーディング部と梅花高等学校チアリーディング部が強豪として有名である。

ルール

団体競技(表現競技)競技時間は2分30秒。審査基準は、元気さ、笑顔、技の正確さ、完成度、難易度、連続性、スピード感、同調性など 競技は定められたルールに沿って競われる。

テレビ放送

NHK BS1でチアリーディング日本選手権大会(JAPAN CUP)の模様が大会の開催後に放送されている。なお、地上波のNHKではこの模様は放送されていない。

2010年、2011年に全日本学生チアリーディング選手権大会の模様がテレビ東京系列各局で放送された。

また、日本テレビ系列各局で2010年に放送された『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』で箕面自由学園高等学校チアリーディング部の練習および大会の演技の様子が放送されたこともあった。

学校・クラブ活動におけるチアリーダーを取り巻く問題
本来は応援集団の一セクションとして発生したもので、日本における学校現場のクラブ活動においても、伝統があるチームほど、応援団・応援部・応援指導部のなかの組織として発生したチームが多い。またそういうチームの多くは最初からチアーリーダーとしてではなく、吹奏楽部団体の一部のバトントワリングチームとして創設され、後にチアリーダーチームに発展していったチームも少なくない(日本国内で初期段階になるほどチアガールと呼ばれる風潮が強かった要因のひとつでもある)。

近年は、応援団体としてよりも、その華やかさから、スポーツとしてのチアリーディングに脚光が当てられる風潮が強く、その影響から、チームの存在意義・活動目的を設定する上において、表立たないところで根深い混乱が生じている段階にあるといえる。

前述した歴史的な経緯から、チアリーディングチームには最初からチアリーディング競技専門チームとして立ち上げられる場合、本来の応援チームから競技に専念する為に分離独立するチーム、さらには応援団体としてありながら本来の応援活動よりも競技会への参加や練習を中心にするチームが増えてきている。事実、チアリーディングの統括団体の上層部や指導者には、競技会で上位の成績を収めるには応援活動を極力控える指導なども行なわれている関係もあり、現役メンバーにもそういう風潮が浸透している。しかし、競技会参加チームの中には応援活動を主にしているチームもあり、チームやメンバーによって様々な葛藤や混乱の中に身を晒されている。

チアリーダーチーム出身の著名人


浅井直湖 法政大学応援団バトントワリング部の出身でチアのパイオニア。日体大チアリーダー部初代監督日本でチアを広く普及させる。浅井の教え子達は教職等に付き高等学校等でチア部を新設し普及に携わった。
平松篤子(法政大学1990年卒)在学中は応援団バトントワリング部に所属。企業チアチームに7年間所属。現在も「USAジャパンチアリーディングインストラクター」、「東京六大学OGチアリーディングチーム BigSixBlazers代表」、「高校、社会人チーム振り付け、指導」、「コナミスポーツ渋谷フィットネスインストラクター(2004〜コナミスポーツエアロビクスインストラクターライセンス取得)」等の活動をしている。
有馬香(日本体育大学体育学部健康学科卒、チア競技インカレ優勝。ジョイスタッフ所属のフリーアナウンサー。浅井直湖の一番弟子)
三田智子(元ダラス・カウボーイズチアリーダー) - アルビレックス新潟チアリーディングチーム創設に参画。
山田幸子(桜美林大学卒。2003年度シアトル・シーホークス「Sea Gals」メンバー)
石田季子(桜美林短大卒、2001年度サンフランシスコ・フォーティナイナーズ「Gold Rush」メンバー)
石田真紀(大妻女子大学短期大学部卒。2006年度サンフランシスコ・フォーティナイナーズ「Gold Rush」メンバー)
中山麻紀子(元ワシントン・レッドスキンズチアリーダー) - 千葉ロッテマリーンズチアパフォーマー「M☆Splash!!」ディレクター
小島智子(NFLタンパベイ・バッカニアーズチアリーダー)
堀池薫子(NFLデンバー・ブロンコスチアリーダー)
木佐彩子(青山学院高等部・チアリーダー部副リーダー→フジテレビ→フリー。石井一久投手夫人)
高畑百合子(明治大学チアリーディングチームリーダー→TBSアナウンサー)
鈴木奈穂子(法政大学社会学部2005年卒→NHKアナウンサー)法政女子高校在学中はバトントワラー部に所属し、部長を務める。
高野直子(法政大学チアリーディング部) - 声優
佐野有美 - 詩人・随筆家。高校時代にチアリーダー部に在籍し「手足のないチアリーダー」として知られた
柏倉早智子 - チアリーディング元日本代表。TBSアナウンサー安住紳一郎の姉

その他

テレビにおけるチアリーディング
1980年11月 - 1981年10月にTBS系列でドラマ「GOGO! チアガール」が放送された。これは高校のチアリーディング部を舞台にした青春ドラマで、三原じゅん子(当時は三原順子)や島田歌穂ら当時の女性トップアイドルが出演していた。ちなみに彼女たちが着ていた青シャツの上に白チョッキ、白いホットパンツのヘソだしルックは、ダラス・カウボーイズの応援団カウガールズのそれが元になっている。

2004年4月放送の日本テレビの特番ドラマ「天国への応援歌 チアーズ〜チアリーディングにかけた青春〜(番組サイト)」(主演:石原さとみ)は、大阪府の箕面自由学園高等学校のチアリーディング部をモデルにした物語だった。読売テレビが製作したドキュメンタリー『天国への応援歌 〜めざせ!日本一のチアリーダー』が原案で、同校の先輩部員が交通事故で夭折したことをきっかけに、一致団結した後輩チアリーディング部員の活躍を描いたものである。ちなみに、その時演技指導したのは桜美林大学のチアリーディング部であった。
2004年10月 - 2005年3月放送のNHK連続テレビ小説「わかば」で、ヒロイン・高原若葉(原田夏希)は学生編で大学のチアリーディング部に入って活動している。NHKの番組宣伝用ポスターでもチアガールになった若葉の写真がデザインされたヴァージョンがある。防火週間啓発ポスターにも同様のものが使用された。大学のチアリーディング部の部員は日本文理大学チアリーディング部の部員(当時)が演じている。

フジテレビで放送されいた水10!の第1部「ワンナイR&R」において、ゴリが演じるキャラクターの一人「松浦ゴリエ」が、CDのプロモーションビデオでチアダンスを披露している。2005年秋から2006年にかけて、一般視聴者を対象としたゴリエ杯チアダンス選手権を開催し、入賞チームはゴリエとプロモーション活動ができる特典があった。また、2005年末のNHK紅白歌合戦にも紅組のメンバーとして出演した。

2005年12月放送のフジテレビ系「カスペ!・部活」と題した芸能人のスポーツや文化活動のチームのドキュメンタリー番組で、ソニン、西村知美、保田圭、神取忍らによって結成された芸能人のチアガールチーム「お台場レインボーチアーズ」が取り上げられた。

プロスポーツとの関係
サッカーJリーグのコンサドーレ札幌やアルビレックス新潟はチアリーディングチームを設けており、サッカーのチーム編成と同じく年代別のチーム編成をしてじっくりと育成する機関を作っている。

プロ野球でも試合前後やイニングスインターバル(主としてホームチームの攻撃前)にチアリーダーが試合を盛り上げることが多くなってきている。このうち、北海道日本ハムファイターズのチアリーダー「ファイターズガール」に2004年(札幌移転初年度)、当時地元放送局・北海道放送のアナウンサーだった邑田みさきが、また2005年に新規加盟を果たした東北楽天ゴールデンイーグルスのオフィシャルチアリーダーに地元在住の44歳(オーディション開催時)の主婦がそれぞれ合格し話題を集めていた。しかし現在は2人ともチアリーダーは引退している。

プロバスケットボールbjリーグでは、2007-08シーズンよりチアリーダーを対象とした「ベストパフォーマンス賞」が設けられ、初代ベストパフォーマンス賞には埼玉ブロンコスのブロンコスチアリーダーズ&PONYS GREENが輝いた。ブロンコスチアリーダーズには地元出身の舞台女優である新田千尋が所属している。
北米メジャースポーツのひとつメジャーリーグベースボールは、NFL・NBAに比べてチアリーディング応援は定着していないが、近年はフロリダ・マーリンズなどチアリーダーを結成する球団も現れている。
また、ヨーロッパではドイツサッカー・ブンデスリーガでチアリーダーを持つクラブが存在する。

チアリーディングを題材にした作品

テレビドラマ
GOGO! チアガール(TBSテレビ、1980年)
天国への応援歌 チアーズ〜チアリーディングにかけた青春〜(日本テレビ、2004年)

小説
チア男子!!(朝井リョウ)

漫画
ごてんばチアリーダーズ(宗我部としのり)

映画
Cheerfu11y(ユニバーサル ミュージック、2011年)

ミュージカル
中野ブロンディーズ(ネルケプランニング、2008年 - )
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2012年07月23日

中性的な雰囲気が魅力の男性モデル、アンドレイ・ペジックが母親と共にリアリティ番組に出演?



中性的な雰囲気が魅力の男性モデル、アンドレイ・ペジック(Andrej Pejic)がリアリティ番組に出演することが明らかになった。

 アンドレイは昨年ツイッターに「リアリティ番組に出演するべきだろうか?」と投稿。その後出演に関する噂が飛び交い、一時落ち着いていたが、7 月中旬になって再燃。

 ついにアンドレイが所属するモデル事務所が「まだ収録がスタートしたばかりですが、本当です。アンドレイに関する番組ができる予定です」と明かした。アンドレイの母親Jadranka Savicが出演する可能性もあるそうだ。

★アンドレイ・ペジック(ペーイッチ)(セルビア語: Андреј Пејић、1991年8月28日 - )はオーストラリアの男性モデル。アンドロジニーとして知られる。
アンドレイ・ペジック(ペーイッチ)
Andrej Pejic
プロフィール
生年月日:1991年8月28日
現年齢:20歳
出身地:ボスニア・ヘルツェゴビナ
瞳の色:緑
毛髪の色:金

公称サイズ身長 / 体重:

188 cm / ― kg

靴のサイズ:

28.5 cm

活動 ジャンル:ファッション
モデル内容:一般
ストーム所属

アンドレイ・ペジック(Andrej Pejic)
クロアチア人とセルビア人の両親の間に、ボスニア・ヘルツェゴビナのトゥズラで生まれた。内戦後、家族と共にセルビアに移り、8歳の時に避難民としてオーストラリアメルボルンに移り住んだ。なお、イゴールという兄がいるが、彼はアンドロジニー的な容姿ではない。 マクドナルドでスカウトされたという話があるが、本当はトウモロコシ畑の収穫の手伝いのときにスカウトされた。
経歴

2011年1月に行われたパリ・コレクションでジャン=ポール・ゴルチエ、マーク・ジェイコブスのメンズショーに出演した。

2011年3月現在、models.comによる「男性トップモデル50」リストで11位に選ばれている。また、2011年に雑誌『FHM』の「セクシーな女性100人」リストの98位に選ばれたが、同誌が侮辱的なコメントを添えて掲載した為、論争を引き起こした
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2012年05月27日

美脚ユニット「モデルガールズ」がデビュー!175センチで股下84センチのモデル8人

◆オスカー美女8人組「モデルガールズ」デビュー

平身1メートル75の長身と脚線美を武器に、“美の商社”オスカープロモーションが満を持して送り出す「モデルガールス」のメンバー8人。同社が誇る若手女優、武井咲(左から5人目)と剛力彩芽(同6人目)も祝福に駆け付けた 

 大手芸能事務所、オスカープロモーションが8人組ユニット「モデルガールズ」を結成し、21日、都内でお披露目会見を開いた。

 メンバーはプロ野球・横浜(現DeNA)前監督、尾花高夫氏(54)の次女、尾花貴絵(19)ら所属モデル約6000人から厳選した8人。同社では1990年デビューのC.C.ガールズ、94年のシェイプUPガールズに続く、平均身長1メートル75の“大型”ユニットだ。

 会見では活動第1弾として、健康と美しい体形づくりのために開発した「モデル体操」を持ち前の美脚で披露。同社所属女優の武井咲(18)と剛力彩芽(19)が祝福に駆け付け、武井は「一緒にレッスンしていた人もいるので、本当にうれしい」と喜んだ。

 10月にはCDデビューも決定。リーダーの中村さくら(30)は「世界に向けて日本の美をアピールしたい。(22日開業の)スカイツリーのように高みを目指します」と気合を込めた。


モデルガールズ.jpg

モデルガールズ お披露目 175センチで股下84センチのモデル8人



 大手芸能事務所オスカープロモーションに所属する約6000人の“美女軍団”からトップモデル8人で結成された新ガールズユニット「モデルガールズ」のデビューお披露目記者発表会が21日、東京・芝公園のザ・プリンスパークタワー東京で開かれた。会場にはオスカー所属の人気女優武井咲(18)と剛力彩芽(19)も祝福に駆けつけた。


 メンバーの平均年齢は24歳で、リーダーの中村さくら(30)、簑島宏美(25)をはじめ、元プロ野球選手の尾花高夫氏を父に持つ尾花貴絵(19)、藤本恵理子(30)、苫米地玲奈(25)、春輝(22)、滝元吏紗(23)、河合ひかる(21)。


 8人の平均身長は175センチ、平均股下84センチで、K−POPの人気グループ「少女時代」にも見劣りしない美脚ぞろい。


 武井は「一緒にレッスンした方もいるので、いつか一緒にお仕事したい。頑張りましょう」とエール。剛力も「本当に格好良くて迫力がある。日本の美しさとはこういうこと」と絶賛した。


 「モデルガールズ」は美と健康の新マニュアル「モデル体操」のイメージキャラクター。8月には写真集、9月にはDVD、10月にはCDデビューする予定で、将来は海外進出も視野に入れている。


 会場でさっそく「モデル体操」を初披露した中村は「すごく気持ち良くできてうれしい」と笑顔。金環日食の日にデビューが重なり「あんなキレイなリングをプレゼントしてくれる男性が現れれば」と乙女心ものぞかせた。22日に東京スカイツリー開業も控え「スカイツリーのように高く羽ばたきたい」と長身グループらしい目標も掲げた。


 オスカーがモデル業界60年の集大成と位置付けた「モデル体操」は、美しい姿勢とウオーキング、腰の3点を軸に考案。モデル育成のノウハウが豊富なオスカーが1990年結成の「C.C.ガールズ」や同94年の「シェイプUPガールズ」時代から構想を温め、3年前から本格的に着手。多数の五輪選手を輩出してきたセントラルスポーツと協力し、医学的見地からも健康や美に効果のあるエクササイズを完成させた。


 今後は国内のスポーツクラブなどで普及に努め、ヨガなどに続くブームへとつなげたい考えだ。

★名前(よみ)・生年月日・出身地・身長(股下、単位はセンチ)・チャームポイント・主な活動歴【写真(右)から】

◇河合ひかる(かわい・ひかる)1990年12月3日宮城県176(86)脚

2011トリンプイメージガール

◇滝元吏紗(たきもと・りさ)1988年10月8日北海道176(86)ウエスト

ファッション誌「MAQUIA」レギュラー

◇簑島宏美(みのしま・ひろみ)1986年6月14日神奈川県174(82)くびれ

2009年ミスインターナショナル準グランプリ

◇春輝(はるき)1990年4月27日大阪府174(83)ネックライン

2011年アサヒビールイメージガール

◇尾花貴絵(おばな・きえ)1992年7月28日神奈川県174(82)デコルテ(首から胸元)

2011年度旭化成グループキャンペーンモデル

◇苫米地玲奈(とまべち・れな)1986年7月19日青森県175(84)背中のライン

第1回インターネット美女コンテストグランプリ

◇藤本恵理子(ふじもと・えりこ)1981年8月2日兵庫県175(85)バスト

2004年ミス・ワールド日本代表準グランプリ

◇中村さくら(なかむら・さくら)1981年10月3日大阪府176(86)お尻

2010年ミスアジアファッションモデル
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2012年04月26日

米芸能娯楽誌ピープルは25日、2012年の「世界で最も美しい女性」に歌手のビヨンセ(Beyonce、30)を選んだと発表



米芸能娯楽誌ピープル(People)は25日、2012年の「世界で最も美しい女性」に歌手のビヨンセ(Beyonce、30)を選んだと発表した。




 16回のグラミー賞(Grammy Awards)受賞を誇るビヨンセを、同誌は健康的であり、ファッションリーダーであり、誇りを持った母親でもあると評価。同誌のインタビューを受けたビヨンセは、娘の出産が人生に新たな意味をもたらしたと話した。

「出産したことで、今まで以上に素晴らしさ感じている。これほどつながっていると感じたことも、自分の存在にこんな風に意味を感じたこともなかった」

 ビヨンセと夫のジェイ・Z(Jay-Z)は1月、ブルーアイビー(Blue Ivy)ちゃんの誕生を発表している。

 女優アンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie)、歌手で女優のジェニファー・ロペス(Jennifer Lopez)、女優エレ・マクファーソン(Elle MacPherson)らもこれまで、このタイトルを手にしている



posted by kisebeauty at 14:28| Comment(0) | 美しい人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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